Takumi’s blog

文章にして輝く思い出

川越について

川越について
 
俺が川越について語ったところで、知識、理解が足らずその魅力の十分の一も伝えることができないだろうが、しかし俺が一番言いたいことは川越の魅力では無く、俺がいかに川越を愛しているかということだ。
だからまずは、川越についてではなく、「土屋拓己について」から話そうと思う。 あ、川越って川越市のことですよ。 達也さんも嫌いじゃないけど愛してはないです。
 
~愛和病院~
 
俺は埼玉県川越市の古谷上という地区にある、愛和病院という場所で産声を上げた。その産声は天を貫き新時代の幕開けを世界に告げた。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ ・・ ・
その病院は田んぼに挟まれた川越バイパス(国道16号)を川越市街から川島方面へ向かっていると、右手に見えてくる。
そのすぐ隣にはマクドナルドがあり私もこれまでに何度も世話になっているが、個人的に、いや一般的に考えて、マクドナルドは妊婦への差し入れには適さないと思う。これがアメリカなら話は別かもしれないが。
 
今は建て直され病院自体の昔の面影は無いに等しいが、それでも19年前から周りの風景は驚くほどに変わっていない。
見渡す限り果てなく続く川越バイパスと、かなり遠くまで広がっている田園風景。
母はその病院から見る朝焼けはとても美しいと語っていた(正確には朝焼けを見ながら食べるケーキがおいしいと語っていた)が、きっと今でもそれは変わらないのだろう。
俺も、母の胎内でその朝焼けを見た記憶がうっすらと残っている気がする。
すいません嘘です。
 
そんなのんびりとした場所で生まれた俺は、ある日突然病院から連れ出されると、そこから車で10分程度の場所にある10階建てのマンションに連れて行かれた。
そこで約19年も暮らすことになるとは当時の俺は考えもしなかった。
そう、何故なら俺は赤ちゃんだったから。
 
 
~家~
 
南古谷の田んぼに囲まれたそのマンションの8階の角部屋には、未だ土屋という表札がかかっているはずだ。
・・・というか確実にかかっている。引っ越したとかいう話聞いてないし、二ヶ月前帰ったばかりだし。
 
 
そこでは今は4人と一匹が暮らしている。
正確にはイモリとか金魚もいるからもっと多いけど、そこは割愛させていただく。
 
俺の父と母と兄と弟、それからペットの犬。
なんて書き方をしたら母に「ペットじゃなくて家族でしょ!」と怒られそうな気もするが、この文章を家族に見せる予定は無いのでペットと表記する。
もちろん俺もその犬を犬と表記することに違和感を覚えるし家族の一員だと思っているが、他人に読ませる文章に「家族が一匹」なんて書き方をすることの方がおかしいと思う。
 
それはさておき、その家にはかつて三人しか住んでおらず、それが四人になり、四人と一匹になり、五人と一匹になり、また四人と一匹になった。
どういう順番でそうなったかはちょっと考えればわかるはずだ。
 
その間およそ20年。
私が生まれる少し前で、兄が2歳のときに両親がローンを組んで買った家だ。
当時はそれなりの値段がしたらしいが、今は中古で数百万円で売りに出されている。
だがまあ、どこの家も大体そんなものだろう。
そもそも新築の値段が当時と今とではだいぶ違う。
 
しかし、駅から徒歩15分程もあり(しかも埼京線沿いの)周りに田んぼしかないこんなマンションをよく買う気になったと思う。
 
両親と兄は、元々東武東上線沿いの新河岸駅から近いアパートに住んでいたのだが、はっきり言って、東武東上線埼京線よりも安く東京に行けて便利だ。
 
新河岸駅に近い高階地区や新宿(あらじゅく)の辺りにもマンションはあったはずだが、それなのに何故こんな辺鄙な場所を選んだのか。
 
実を言うと、その理由が俺にはよくわかる。
そして、もしかすると東武東上線埼京線を使い分けている人にもわかるかもしれない。
 
つまり、電車に乗っている時の景色がまったく違うのだ。
 
川越から埼京線に乗って二分もすると、急に家が無くなり田園風景が窓の外に現れる。
それがしばらく続いて、南古谷周辺に近づくとまた家やマンションがぽつぽつと見え始め、そして次の指扇まではまたずっと田園風景になる。
 
これが東武東上線だと、川越から新河岸、上福岡、ふじみ野と、延々と家と道路だけの風景が続く。
 
その違いである。
 
 
私は川越の一番の魅力について、「文化、利便性、自然」の調和が最高の比率で取れているところだと考える。
 
もっと伝えたいことを明確にして言い換えるならば、「少しの移動で都会と田舎を行き来できるところ」である。
南古谷から川越までは一駅だが、南古谷はド田舎で、川越には大きなショッピングモールがある。
 
自然の中に住みつつ、一定水準の生活を営むことができる素晴らしさというのは、人々が住処に求める一番の要素なのではないだろうか。
俺なら、広大な住宅街の中に紛れた家に住むよりは、夏の夜にカエルの合唱が聞こえる場所でのびのび暮らしたい。
 
 
なんて言えるのは俺が住んでいるのが南古谷地区だからだと思うが・・・。
 
詳しく川越の地理について説明すると、大きく分けて11の地区に分類される。
俺の住んでいた南古谷は、川越本庁の東側、つまりさいたま市側で、
高階・福原地区はふじみ野側で、大東、霞ヶ関地区は日高側。
そして芳野、山田、名細(なぐわし)地区は川島側だ。
 
要するに、一口に川越の中の田舎の部分と言っても、都会と都会に挟まれた田舎と、都会と田舎に挟まれた田舎の二通りがあるわけだ。
 
山田や名細なんかは、場所によっては駅まで徒歩1時間2時間かかる。
このあたりにも「少しの移動で都会と田舎を行き来できる」というのが適応されるかというと少し無理があるだろう。
 
というわけで、川越についての認識を改めようと思う。
 
 
「”南古谷(の中でも川越市街寄り)に住んでいる身としては”川越はとても素晴らしい街である」
 
 
あとついでに、海があるところには普通に勝てない。
 
おわり。
 
 
 
 
 
はい。というわけで~~第一回、、これで終わりですっ。(実際に話すときの俺はこんな感じ。思考が遅く喋るのも遅い)
 
最初から最後まで一貫してまじめな調子を続けるのって意外と息苦しいものがありますね。
 
なので、毎回最後にはこうやっていつもの自分でお話をしようと思います。
 
最初なので私の川越に対するイメージや出生話なんかを書きましたが、次回からはあらかじめ下調べをして少し豆知識なんかも書いていく予定ではあります。川越市民であれば地元の知識が増えるのは喜ばしいことですし、それで更に郷土愛が深まってくれれば私も嬉しいです。
 
まあそもそも第二回があるのかすら怪しいところではありますが。。。(笑)
 
さて今回、Facebookのメンバー以外にも読んでもらいたいと思いブログ記事にしてみました。
 
やっぱり、いつもいつも身内向けに書いていたら甘えた文章になってしまっていつまで経っても面白い書き方ができないんじゃないかと思うんですよね。。。
 
こんなつまらないものを誰が見てるのかわからない場所に晒すというのはちょっと怖いです。いや、多分誰も見てないだろうけどね。はい。
 
で、ブログの題材が「川越について」なんですけど、その他の場所に住んでいる人にしてみたらただの身内ネタでつまらないかなと思うんですよ。なので、その内範囲を広げて私の好きな日高~飯能、毛呂山越生秩父方面や川島~東松山~小川町方面、それから隣接する狭山、鶴ヶ島、ふじみ野、さいたまについても書いていこうかな~と考えています。
 
と言っても川越以外の市町村はそんなに自分の足で開拓できているわけではないので、あまり深く踏み込むことはできないと思うので、やっぱり川越周辺~南古谷方面が多めになってしまうんじゃないかと思います。
ついでに埼玉の北東方面は私は行ったことがないのでまったく触れることは無いと断言します。しかもなんもなさそうだし。
 
 
なんて、こんな調子で話し続けると本文よりも長くなってしまう気がするぜ。
 
今日はここらへんにしてシコって寝ます。あばよ!