Takumi’s blog

文章にして輝く思い出

今年はヒグラシが鳴いていないような気がする

夏の繁忙期が終わりました。

毎年夏休み(特にお盆の時期)は多くのお客様で旅館が賑わい、満室状態の日が2~3週間ほど続きます。
去年の悪夢から一年が経ちましたが、相も変わらず旅館は深刻な人手不足問題を抱えたまま。
この一年で多くの場数を踏み会社の一員としての自覚を持った私には、我が身を犠牲に人手不足問題を解決する人柱となる決意がありました。
結果として私は毎日、一人で三部屋、計十名のお客様にお食事をお出しする事になりましたが、これは正直に申し上げますと、到底私の手に負えるものではありませんでした。
お部屋食での十名は、お食事処での十名とは訳が違います。
まず部屋食は食事処と違い、テーブルに食器や料理を並べる準備の手間があります。
食事は部屋で座って提供し、その都度料理の説明をせねばならず、更にドリンクオーダーがあれば別階まで取りに行きます。
 
お客様が時間通りにお食事を開始できるように、そしてお客様が次の料理を長い間待たないようにするにはどうすればいいのか?
私はこれを必死で考えましたが、どう考えても不可能です。
 
「下準備だけさせていただいてもよろしいでしょうか」
そう言って三十分も前にお部屋入り、お品書きは置かず、止め肴は先付けと説明し提供。本来一品出しの所を二品ずつお出しし、鍋や焼き肴にも火を点け時間を稼ぐ。
と、そのようにしてどうにかこうにかお客様を待たせる事だけはしないようにしようと努力をしましたが、結果的に10分、いや20分近くも待たせてしまうことはざらにありました。
明日こそお客様に迷惑をかけないように頑張ろう。
クレームを出さずになんとか許してもらえるだろうか。
寮から会社へ向かう途中、深夜、仕事を終えコンビニへ歩く最中、頭にあるのはただそれだけでした。
不安と恐怖に胸がしめつけられるようでした。
はじめの内は忙しさを利用し逆に明るく振舞う事ができましたが、疲労が蓄積するにつれ、表情を作ることが難しくなっていきます。
2日目、3日目、4日目、5日目、6日目、7日目、8日目、、、
どれだけ頑張っても一向にカレンダーの日付が進まず、同じ日を何度も繰り返しているんじゃないかという錯覚に陥ることが多々ありました。
私は特別室三部屋十名を一人で受け持ち、上の階では四部屋八名を二人で担当している。お食事処のスタッフはそれなりに足りている。
そして、他の人は交代で休みを取っている。
その状況にある私のやり場の無い不満は夕闇のような黒い感情になり、「何故俺ばかりこんな辛い思いをしなければいけないんだ?」「何故誰も俺のところに手伝いに来てくれないんだ?」と言うような事ばかりが頭に浮かび、打ち消し、また浮かび、それが延々と繰り返されていました。
8月19日、繁忙期もあと数日で終わりというところで、私は200名の団体を担当することになりました。
周りの人は思うように動いてくれず、またもやイライラ。
年上の人だろうが構わず強い口調で指示を出し、自分も見本となるように、止まったら死んでしまうマグロのように動き続けました。
なんとか団体を終え片付けている時、ついにめまいがして、私は座布団の上に両足の膝と両手をついて動けなくなってしまいました。
「大丈夫?」「休憩してきたら?」
そんな言葉をかけてくれることを期待しましたが、現実には
「疲れてるのはみんな同じなんだから休むな」
「若いんだから疲れてるわけないでしょ」
というような言葉を吐き捨てられるだけでした。
私が毎日二人分の仕事量を一人でしているから会場に人員を+一人、入れる事ができる事を知らないのだろうか?
怒りと悲しみが入り混じった感情が湧き上がり、その日はもう何も言わずに帰宅しました。午後はどうしても起きられず寝坊しました。
支配人や女将、誰からの咎めもありませんでした。
しかし、やり終えてから「ここまで頑張ってくれてありがとう」「君のおかげでなんとかなった」の一言もあれば報われたのですが、それもありません。
 
今私はお部屋食の仕事を、やりがいを感じながら楽しくやっていますが、このような扱いをされるのであればもうこれ以上はやってられないなと感じました。
 
8月の土屋君の指名(リピーター)は三件ありました。
他の人に指名が入っているのは見た事も聞いたこともありません。
傲慢かもしれませんが、私は会社に貢献している自負があります。
それを言葉でも金銭でも休暇でも、何かしらの形で見返りを求めるのはおかしいことでしょうか?
 
今度有給休暇を4日申請するつもりですが、それを断られたら辞めようかと思います。
そして私は土屋防水の跡継ぎとして実家の仕事を手伝うつもりです。
 
皆様、雨漏り等のトラブルの際には、是非とも土屋防水をよろしくお願いします。