つちやのニートブログ

基本的には自分語りです

ゴミ人間が半生を語る

思いっきり雑に書きなぐる。一言の連続。

 

埼玉県川越市に生まれる。

毒親に育てられ立派ないじめっ子になったものの、小学校高学年では逆にいじめられて根暗陰キャになる。

中学では勉強が出来ずに落ちこぼれ、適当に家から一番近い総合学科の川越総合高校に進学。

学歴競争からエスケープした先の高校では、毎日AVAというFPSをやったりカメラを持って川越周辺を散策したりして毎日楽しく暮らしていた。

高三の三月、働きたくなくて親に「フリーターしながら実家で暮らしたい」と言ったら「死ね」と言われたから自殺した。でもやり方がぬるかったせいで数分後に目を覚ました。そこで身を持って「死ぬ気になればなんでもできる」ことを知った。

その日にネットで石川県にある旅館に応募して卒業式の翌日に面接に行って、そのまま採用された。

旅館に就職したばかりの頃の俺は、「いつか海外移住するんだ」という目的を掲げていた。これは今思えば、この先の人生何十年も底辺労働者で終える事を認めたくないという気持ちの裏返し、つまり一種の現実逃避だったんだろうな。

入社して一年目はけっこうキツかった。仕事内容はお客さんをお部屋に案内して、夕食を提供して、朝食を提供して、その繰り返し。知識が無いから地域の事とか薄っぺらいことしか言えなくて、それが悔しくて結構勉強した。古株のおばあさんに嫌われていじめられてたし、調理場のおじさんに殴られたりもしたけど、それは正直そんなにキツくなかった。働くのは本当に嫌だった。

二年目になると色々慣れて、何故か急に仕事がめちゃくちゃ楽しくなった。

料理や日本家屋や調度品や和室の作法や地域や観光。知識を増やせば増やすほどお客さんの満足度に繋がって、知識量を褒めてもらえることも嬉しかった。

俺は何気に女将や支配人に気に入られてて、値段の高い部屋のお客さんの担当をさせてもらってたから、金持ちのお客さんと接することができた。金持ちの人っていうのはそれなりに苦労や努力をしてきているから人間としての厚みみたいなものがあって、色んなアドバイスや持論を聞くことができた。俺はあの時、20歳の身にはあり余るほど価値のある仕事をしていた自信がある。

でも、一つだけ問題があった。外国人のお客さんだ。言葉が通じなければ、おもてなしはかなり限定される。せっかく高いお金を払って来てもらっているのに料理の説明すらまともにできない。そんな自分が本当に嫌で、英語の勉強を始めた。

けど働きながらじゃまったく勉強が捗らなくて、語学留学することに決めた。

二年いっぱい働いて辞めて、実家に家賃を払って住ませてもらって、勉強したり遊んだりして、最初はフィリピンに一カ月。次にオーストラリアに5カ月語学留学した。

世界一住みやすい都市と言われるメルボルンの中でもかなり立地の良い部屋に住んだ。正直川越の方が断然住みやすい気がした。語学学校に行ったものの英語が全然聞き取れなくて、聴覚過敏になった。授業中は耳を塞いでないといられないくらい辛くて、部屋に引きこもってひたすら単語帳を眺めた。精神的にちょっと安定してから語学学校に行った。友達ができて行くのが楽しくなった。

結局全然ペラペラにはならなかったけど、一応タイ人や韓国人の友達とは楽しく会話できるくらいになった。

それで、英語ができるようになったけど、せっかくなら旅館に戻らず別の業種でも働いてみたいなと思って、社会と国語を勉強して大学に行くことにした。

やりたい仕事何かあるかな?と考えた時に出てきたのが教師だった。

中一程度の知識しか無かったから最初は不安だったけど、22歳になって理解力が上がっていたからか、勉強したらするだけ伸びた。でもやっぱり地頭の悪さはすごく実感した。二時間くらい勉強すると頭が痛くなって読んでも何も内容が頭に入らなくなった。地道にやってたら秋の模試で偏差値が60になって、第一志望の都留文科大学がA判定になってから俺はバイトしながら競馬やったりして遊んでいた。あと人生初の彼女と月に一度会ったりして、結構幸せだった。

センター試験当日の朝、さとうゆうじと公園でサッカーをした。ガストで朝飯を食って、電車で試験会場に向かった。

最初の科目が終わって廊下に出ると、外は雪が降っていた。

センター試験当日に雪が降るなんて、なんてベタな・・・と思って笑った。

全科目そこそこ手ごたえを感じた。あとなんか金玉がめっちゃ痛かった。

大学には受かった。都留文科大学中央大学。他に出願してた青学や法政は、受けに行かずにバイトのシフトを入れた。

中央と都留なら中央の方が圧倒的に就職は強いけど、まあ教師だし、そもそも私立行く金なんか無いしってことで都留文を選んだ。

授業はオンラインだったからずっとAPEXやってた。

気づいたら二年。やべえw

今年こそは自主映画製作に本腰入れて取り組もうと思います。

 

おわり。

僕は猫である

僕は猫である。名前はどこかに置いてきた。

時々誰かの部屋に入れてもらうことはあるけど、飼い猫ではない。

 

「ほら、早くおいで。誰かに見られたら怒られちゃう」

 

彼女は大きな扉をなんなく開け、僕はその隙間から部屋に入った。彼女はソファに座り、僕は彼女の膝に座る。布越しに伝わる暖かさが、冷えた体に心地よい。今日も、彼女からは花の匂いがする。秋に咲く、あのオレンジ色の花の匂い。僕はその匂いが嫌いではなかった。

その日、彼女は僕を抱きしめて言った。

「ごめんね」

僕は賢い猫だから、彼女が何を言っているのかがなんとなく分かった。

坂の上の空き地の木にピンク色の花が咲くと、いつも誰かがいなくなる。だから、あれは多分、お別れの言葉だ。

僕の思った通り、それから彼女の姿を見かけることは無くなった。

餌はおばちゃんがくれるし、通りすがりの大学生はいつも構ってくれる。でも、やっぱり何か物足りなかった。

「あれ?にゃん次郎、こんなところまで来たの?珍しいね」

「遠出かな?」

「気を付けてね~」

ある日の夕暮れ時。住宅街を歩いていると、急に彼女の匂いがした。

匂いのする方へ向かって歩くと、一本の木が立っていた。匂いの正体は彼女じゃなくて、オレンジ色の花だった。

木に近づいて、花の香りを嗅いでみる。ああ。懐かしい香りがする。

どれだけ歩き続けても、きっともう彼女には会えないのだろう。もうあの暖かい膝に座ることはできないのだろう。あの優しい声で名前を呼んではもらえないのだろう。でも・・・でも、ここに居れば、あの穏やかな匂いに包まれていられる。

目を閉じると、本当にそこに彼女がいるように思えた。そうだ、今日はこの木の下で眠ろう。そうすれば、夢で彼女に会える気がするから。

 

ヒグラシの声がだんだん遠ざかって、僕は永遠に彼女の猫になった。

 

 

男女SS

「あの飛行機・・・!」

「ん?」

「やばい。あれは核兵器を運んでいる」

「え?いや普通の旅客機だろ」

「あの車・・・!」

「ん?」

天皇陛下が乗っていた」

「ただのおじいちゃんだろ。普通の軽自動車だったし」

「あの男性・・・!」

「ん?」

「けん玉世界一の人だ」

「いやそんな訳・・・無いとも言い切れない」

「あのバイク・・・!」

「ん?」

「最強のバイクだ」

「なんか雑になってきたね」

「あの花・・・!」

「ん?」

「千年に一度しか咲かない花だ」

「あれはタンポポだね」

「あの猫・・・」

「ん?」

美少女「かわいい///」

男「かわいいねー」

猫「にゃーん」

 

「やべえ外がゾンビまみれだ」

「くっそー!とりあえず俺が行って殺してきます!」

「えぇ!?危ないよ!」

「ぐあ!噛まれた!」

「えぇ!?ゾンビになっちゃうよ!」

「ニャーン」

「ネコになっちゃった!?」

「ゾンビに噛まれると猫になるのか・・・!」

「俺噛まれてこようかな」

「お、俺も・・・」

「私も!」

 

こうして全人類は猫になった。

 

 

つるぶんの立て看板について真剣に考えてみる

後期のレポートラッシュを神タイピングでぶちのめして、せっかくだからこの指の勢いのまま久々に長めのブログを書いちゃうぜ!ってな訳。この記事は約5000字あるから、長文読むのが面倒な人は立て看板の写真のところから読んでね。それも興味無いよって人は、俺の書いた小説、『サトー・ユッジーと炎のゴブレット』がオススメ。

 俺が通っている都留文科大学の一号館の入り口の前には、一枚の立て看板が置いてある。知らない人も多いかもしれないけど、大学にある立て看板は「タテカン」と言って、基本的には「左派の人たちが思想を殴り書きした物」の事を示すらしい。実を言うと、俺もこの目でそれを見るまで知らなかった。Googleで「大学 立て看板」と入力して画像検索をしたら、京都大学のタテカンの写真がいっぱい出てきて、その写真には想像を遥かに超える数のタテカンが連なっていた。それで、「もしかしてタテカンは多寡はあれどどこの大学にもあるものなのでは?」と思って一橋大卒の兄に聞いてみたら、「知らね」と言われた。仕方なく自分で調べてみたところ、どうやら法政大学や早稲田大学京都大学などの大学は左翼大学とされていて、タテカンがあるのは主にそういう大学だけらしい。早稲田卒の友人と温泉で話していた時にその事について聞いたら「半々くらいじゃね?ガチの左翼みたいな奴は見た事無いわ」と言っていたので、仮に「左翼大学」であったとしても、少なくとも今は「左翼の学生が多い大学」という訳では無いようだ。1960年代の大学紛争の頃はきっと左翼の学生が多かったのだろう。まあ詳しくは知らんけど。そんで、我らが都留文科大学も「左翼大学」と言われているらしい。と言ってもやっぱり実態は早稲田と似たようなもので、大学生協や一部の学生、それと一人の非常勤講師を除けば政治思想という程の思想を持った人はあまり多くなさそうに見える。都留文科大学が「左翼大学」と呼ばれる理由には、都留文科大学の元同窓会会長が元日教組会長であり民主党の重鎮であった輿石東氏で、大学の教授や講師の人選にも彼の影響が及んでいるから。という説がある。(説というか俺の勝手な推測)あとは、設置されている学科の持つ特色なども関係していそうだ。前に都留文の三年生の人が「都留文科大学は教員養成と政権批判がウリだ!」みたいなツイートをしているのを見て、それは流石に思い込みが激しすぎるのでは・・・?と思った。確かに「自由」を特徴とする大学という場は、伝統を重んじる右翼より左翼の方が相性が良いというのもあって、左翼の割合はそこそこ多い。ただ、どちらかで言えば右寄り、いわゆる中道右派あたりが一番多そうな気はする。そもそも文学ってポリコレと相性悪いし。

 

比文とかだと授業によっては授業内容自体が政治批判みたいなもんだったりするらしいから、それで染まっていく人はいるんだろうな。この前都留文の学生のとあるコミュニティのとある親睦会があって参加したんだけど、比文の学生が「アメリカ嫌い!白人嫌い!中国大好き!中国になら支配されても良い!」と言い出してびっくりした。その時は、やっぱり左翼大学と言われるだけあるなぁって実感しましたね。信じ難いかもしれないけど、この大学にはそういう絵に描いたような左翼が確かにいるんですよ。もしかしたらみんなもその内会うかもね。

 

さて、こっからがようやく本題。

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こちら、都留文科大学のタテカンでございます。

前置きが長くなってしまったけど、ここからようやくタイトル回収。社会的にどうこうってよりは、自分の立場から見てどう思うかっていう「感想」になると思う。(看板の主を論破したい)という私情をなるべく隠しつつ書いていきます。

 

じゃあまず最初の一文から。

「命より金の社会を変えよう!」

これは「Gotoキャンペーン」を例にするのが良さそうかな。このキャンペーンは宿泊業やそれに関わる様々な業者、飲食店等を救い、同時に経済を活発化させよう!という施策で、「いや、経済を回せてもそれで感染が広がるのはどうなの?」という野党やマスコミからのツッコミが入り一部を除いて終了した。これはまさに「命か金か」という命題に丁度いい例なんじゃないだろうか。俺はこのキャンペーンはやってよかったんじゃないかなぁと思う。というのも、俺の友達が福井で旅館をやっていてたまに遊びに行くんだけど、クリスマスの時に泊まりに行った時に彼は「Gotoトラベルのお陰でなんとかやっていけてるよ」と言っていたのを聞いたからなんだけどね。めっちゃ個人的な感想。あと、俺はその旅館の立ち上げに携わってたから、どれほど多くの業者が一つの旅館に関わっているかを知っているし、それもあって、Gotoにどれだけ多くの人が助けられていたかが理解しやすかったっていうのもあると思う。

客観的事実から考察するのも大事だよね。ってことでGotoを始めた前後の感染者数の推移のグラフなんかを見てみると、これは専門家も言ってる事だけど、「Gotoキャンペーンで感染が増えた」って言えるような増え方はしていなくて、関連性はまったく見えてこないんだよな。「Gotoトラベルのせいで感染して亡くなった人」と、「Gotoトラベルのお陰で自殺せずに済んだ人」、どちらが多いかで言えば、おそらく後者なんじゃないだろうか。

ところで、命より金の社会ってもしかして中〇の事ですかね?つい先日も話題になってたけど、平気で民族浄化とかする国に賛同し、同調すべきだと言いながら「命より金の社会を変えよう」は正直ちょっと意味が分からない。

 

さて、じゃあ次。

「東海第二原発再稼働阻止!」

3.11をきっかけに稼働を停止している原子力発電所は耐震基準をクリアしたところから再稼働させていこうぜって流れになってて、ここも確か再稼働に向けて工事をしている最中だったと思うんだけど、今から決定が揺らぐ事ってあるんだろうか。無いと思います。はい終わり・・・って訳にもいかないので考察していきます。これが一番楽しそうだし。

首都直下型地震南海トラフ、富士山の噴火・・・色々脅威はあるけど、どっちかがどっちかの地震を誘発して下手したら富士山の噴火も誘発されちゃうかも!?っていう最悪のパターンがあるらしい。で、南海トラフなら浜岡原発伊方原発がやばくて、実はこの二か所も再稼働に向けて準備中なんですよね。タテカンではここには言及していないから、看板の主は恐らく関東出身者なんだろうな。

じゃあ、首都直下型地震が来たら首都圏唯一の東海第二原発がやばいのか?と言うと実はそうでもなくて、もし来たとしても緊急停止すれば何ら問題は無いとされている。東日本大震災の時も福島第一原発津波電源喪失してしまったってだけで、宮城にある女川原発は無傷だった。それくらい原子力発電所は丈夫に作られている。という訳で、「東海第二原発再稼働反対!」と言うなら「浜岡原発伊方原発の再稼働反対!」と言った方が良いと思うし、それなら俺も賛成する。ただ、東海第二原発再稼働反対には反対。という訳で当然原発完全廃止論にも反対で、ついでだからちょっと前に話題になっていたとある問題を引き合いに出しつつ私見を述べようと思う。ちょうど一か月前くらいに、西日本の一部の地域で、通常の電力供給が困難になって電気代が十倍以上になる、という事態が起きたんですよね。原因は主に寒さで電力利用が増えた事と、天候不良で太陽光発電が出来ず、火力発電所の燃料となるLMGの在庫が不足しそうになった事なんだけど、まあ現実から目を逸らさずに一言で言ってしまえば「原発を止めてるから」なんだよねぇ・・・。東日本大震災を機に原発に対する反発は強まったわけなんだけど、原発による電力の安定供給がいかに大切かって事も理解しないといけないと思う。反原発派は「電力自由化で再生エネルギーを選択し脱原発しよう」と言っていたけど、今回の件でそのデメリットの大きさが判明してしまったよね。というか、そもそも消費者問題にするのが間違いだと思うけど。原発に対する安全対策や環境配慮の研究累積は他の発電方式を大きく凌駕しているし、安全が保障された所から慎重に戻していけばいいのではないだろうか。

と、言いたいところだけど、正直それもどうかと思うんだよねぇ。なんで安全対策や研究が積まれているかって、そりゃリスクが他の発電方法と比べたらバカでかいからな訳で。それに、「原発はさっさと再稼働すべきだ!」って人達はこの記事のように「リスクが大きすぎて思考停止しちゃってる」パターンのような気がしてならないんですよ。

 

business.nikkei.com

 

 それかもしくは、リスクを軽視しすぎている。彼らも東日本大震災の時に爆発した福島第一原発を見て見ぬふりをしている訳では無く、リスクを承知した上で経済だったり供給の効率を考えて言っているんだろうけど、都合よく考えすぎじゃないかな~という気がする。ちなみに僕は火力発電を推します。正確には石炭ガス化複合発電プラント(IGCC)と言うらしいが、これは旧式石炭火力発電と違って発電効率も高く環境への負担も小さいらしい。ちなみに原発のエネルギー変換効率は原発が3割でIGCCは5割。作る場所も原発ほど制限されていないから送電ロスも少なくて済むし、原発のようなリスクも無い。詳しくはこれを読んでくれ。

power.mhi.com

なんか良さげに見えません?

石炭は可採年数もそこそこ長いし、無理して原発に頼り切っちゃうよりは火力発電をもっと増強していった方が良い気がします。ソーラーは自然破壊してるから論外。

 

次、「沖縄・辺野古基地建設やめろ!」ですね。

これはよくわからん。沖縄大好きだから自然が壊されるのは嫌だなぁ。くらいの浅い感想しか持てん。なんで普天間じゃだめなんだろうね。ヘリの音で授業が中断されるだとか保育園でお昼寝中に起こされるとか、そういう問題は学校や保育園や幼稚園を遠くに作って税金でスクールバス走らせれば解決しそう。

 

 

それじゃあ次、「排外主義に屈せず、香港・韓国の学生・民衆と団結しよう!」

これ、日本って排外主義でしたっけ?ってところなんだよな。安倍首相は移民受け入れに積極的だったし、聞いた感じだと留学生への支援とかも充実してると思うんだけどね。あともう一つ不思議なのが、この「香港・台湾」ってところ。左翼だったら「中国」にするよね。もしかしてこれ、「ユーラシア大陸の支配を目論む中国に負けないように、アメリカの同盟国である韓国・友好国である香港と団結しよう!」って事なのかな?だとしたらこのタテカン書いた奴は「親韓」だけど「親中」ではなくて、むしろ「嫌中」の可能性さえあって、左翼でも右翼でもない中道のように思えてくる。

 

最後。「改憲・戦争を止めるため考え、行動しよう!」

右派の人たちは「改憲イコール戦争ではない」って言うけど、改憲が戦争への第一歩になる可能性って限りなく低いが0では無いんだよね。でも憲法9条が日本の防衛の足枷になっているのも事実で、中国による領空侵犯や領海侵犯が毎日行われ、北朝鮮がミサイルを飛ばしてきている現実を考えると改憲は必要なのかなぁとも思う。ただ、空母、巡航ミサイル、ブーストグライド兵器、電子戦機などなど、今の状態でも日本の軍備は中々のもんなんですよね(笑)。改憲が中露の刺激になってしまう可能性は大いにあるし、改憲せず自衛隊のまま軍備増強していくって方が良いのかもしれないなぁとも思う。結局どっちつかずの意見で申し訳ない。この意見に完全に同意はできないけど、「戦争をしたくない」という気持ちを原動力に頑張っている若者は偉いと思う。頑張ってほしい。

 

さて、結論。

このタテカンを書いた奴はもしかしたら革新派でもなく保守派でもなく、ただ自分の意見を書いているだけの一人の学生なのかもしれないなとちょっと思った。原発とか選択制夫婦別姓とか女系天皇とかそこら辺はネトウヨの中でも意見が分かれるし、「アメリカと中国どちらと仲良くしたいか」ってところを左右の分岐点にしたら右になる可能性もあるんじゃないかなぁと。「日本大好き!中国怖い!」と思っている俺も一応分類的には「ネトウヨ」になるんだろうけど、中国や韓国については政府が嫌いなだけで国民や文化は大好きだし、別にアメリカが好きってわけでもない。見方によって「保守」と「リベラル」は変わってしまうから、結局のところは自分がどちらでありたいかという意思の問題になるんだろうね。

 

日本の経済成長率は下がり続け、少子高齢化や年金制度の破綻で政治家がどう頑張っても衰退することは分かっている。それならいっそ、政治の事なんか気にせず自分の人生に目を向けて、「自分や家族を幸せにするにはどうすればいいか」ってことだけを考えながら生きた方がましなんじゃないかと俺は思ってるから、ぶっちゃけ政治とか超どうでもいい。じゃあこの記事は何なの?って話になるんだけど、これは「オタクが何かの知識を得るのに積極的になる時は大抵誰かを論破したいだけ」っていうやつです。

「自己防衛。投資。海外移住。日本脱出だよね。国なんかあてにしちゃだめ。あてにするから文句が出てくるわけでしょ?」

自己防衛おじさんのこの台詞、マジで真理だよな。

俺もナマポで自己防衛して生きていきたい。

さとゆじの話

 俺は女の子と一緒に居て話すことが無くなると、さとうゆうじにまつわる話をする。さとうゆうじは中学校の卓球部で知り合って仲良くなり、同じ高校に進み、お互い社会人になってからも一緒にAVAや漫才をしてきた間柄だが、中学や高校の同級生でさとうゆうじの事を知っている子のみならず、俺は大学で知り合った女の子にもさとうゆうじの話をする。顔も知らない赤の他人の話を聞かされる女の子のことは気の毒に思わなくもない。では何故その話をするのかと言えば、俺にとっての面白い話題というのが他に見当たらず、そしてそれを聞いた女の子が面白いと感じてくれる事を期待してしまっているからだろう。自分が面白いと思うものを面白いと感じ、笑ってくれたらいいなと思う。

という訳で、今日ははてなブログで初めて、さとゆじの話をしようと思う。

 高校二年の冬から高校三年の春にかけて俺は釣りにはまっていて、三月下旬のある日、さとうゆうじを連れ出して電車で飯能の方に釣りに出かけた事があった。よさげな川を見つけようと思って散策をしていたら、山に入る道を見つけた。山は柵に囲まれ、入り口には「クマ出没注意」という看板が置かれていた。空はまだ明るかったものの時刻は17時を過ぎようとしていて、少し日が傾けばすぐに山に遮られ暗くなりそうだった。「おいw山登ろうぜw」俺がそう言うと、さとうゆうじは「なんで釣りに来て山に登るのぉ!?」と言いながらもニヤニヤしながらついてきた。ぬかるんだ道にはクマの足跡があったが特に気にしないことにした。日が暮れて、真っ暗になった。上を見上げれば星が瞬いていたが、前や下を見ても目を閉じたような暗闇が広がるばかりだった。「クッソ怖えぇ・・・w」「もしかしてこれが遭難か?w」男二人で肩を寄せ合い、スマホの明かりで足元を照らしながら進んで行く。時折小さな物音が聞こえ、その度に震え上がる。「クマ!?」「やばいやばいやばい死んだ死んだ死んだ死んだ」「・・・なんだ鳥か」「おいフラグ立てんなよw」そんな会話をしつつも全神経を研ぎ澄ませ歩いていく。入口の柵が見えた時は「助かった!」と思ったが、「最後まで気を抜くなよ・・・」とさとうゆうじに注意を促した。無事死亡フラグを回避し、なんとか下山し駅に着いた。しかし、まだ地獄は終わらない。さとうゆうじは家に帰りたがったが、俺は「まだ釣りできてないだろ。今から秩父に行って野宿して釣りして帰るぞ」と命令した。電車は川越とは逆方向に進み、秩父に到着した。三月の秩父はあまりにも寒く、野宿なんてしたら死んでしまいそうだった。歯をガチガチ鳴らしながら国道沿いを歩き、幸楽苑に入って一杯の中華そばで深夜二時まで凌いだ。閉店後また外に放り出された俺たちは、帰りたくとも電車がなく、道を歩いてもコンビニすら見当たらず、またしても絶望の淵に立たされた。そのまま歩き続けて見晴らしの丘公園に行き、真新しい公衆トイレに二人して入り、便座に座って丸まって寒さを耐え忍んだ。「俺ちょっと寝るわ」「おい寝たら死ぬぞ!」「えぇ?知らねえよ・・・Zzzzz」早朝、空が白け、外に出た。「すげーー!なにこれ!」夜の間は暗かったため気づかなかったが、明るくなって初めて一面に芝桜が咲いている事を知った。初春の朝の澄んだ空気で遠くの武甲山が綺麗に見えた。

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公衆トイレにさとゆじを起こしに行ったら冷たくなって死んでいた。俺は人が来る前にと急いで持ってきていたα6000で芝桜の写真を撮って、その後川で釣りをして帰った。結局魚は一匹も釣れなかった。疲労感は凄まじかったものの、良い写真が撮れたから俺は満足だった。俺のせいでひたすら苦難を強いられた末にこの世を去ったさとうゆうじの事は本当に可哀そうに思えたが、未だに俺は謝っていない。いい機会だからここで言わせてくれ。

まじですまんかったw

 

おわり

好きな曲

アルバム単位じゃなくて、アーティストにつき一曲ずつ紹介していこうと思う。基本的にはまったりした曲、爽やかな曲が好き。

Youtubeのリンクを貼っておくのでよかったら聴いてみてください。

 

 

Jason Mraz / I'm Yours

https://www.youtube.com/watch?v=EkHTsc9PU2A

世界中の誰もが知ってる・・・と言ったら流石に大袈裟かもしれないけど、それくらい有名なJason Mrazの代表曲。今でもスーパーで買い物してたら流れてたりする。中学の時にLTEだかALTだかの先生が「今アメリカで一番流行ってる曲だよ」っておすすめしてくれてみんなで授業で歌った。爽やかな声とまったりしたテンポでつい口ずさみたくなる。誰でも知ってる曲だからこそ、知らなかった人はぜひ一度聴いてみてほしい。

 

 

くるり/三日月

 https://www.youtube.com/watch?v=PWu0PzyPrH4

くるりは割と昔の洋楽のオマージュしまくってるんだけど、だからこそ耳に馴染むメロディで親しみやすい。メルボルンで日本語が恋しい時にいつも聴いてて、ルームメイトのバスカーのお兄さんと一緒に弾き語ったりもした。そういう思い出補正を含めてくるりで一番好きな曲。というか東京とか上海蟹とかばらの花はみんな知ってそう。

 

クリープハイプ/さっきの話

https://www.youtube.com/watch?v=Zgk08ClKZUg

Youtubeに無かったからカバー)

クリープハイプなら『二十九、三十』も良いけど、同じくらい良い。なのにクリープファン以外知らないのが謎。「それとね、さっきの話」から始まる歌詞は、意味が分からないけど何故か引き込まれる。で、最後まで聴いていくと、少しずつ歌詞の状況が分かっていくんですよね。別れた彼氏と会って話している女性の切ない感情が描かれているんだけど、たったそれだけの歌詞なのに、驚くほど気持ちが伝わってきて切なくなる。とてもクリープハイプらしさを感じる曲。おすすめです。

 

ASIAN KUNG-FU GENERATION/アンダースタンド

https://www.youtube.com/watch?v=bDZhITsbdqI

 アジカンの曲ってリライトとかソラニンあたりが有名だと思うんだけど、俺はこの曲が一番好き。「軋んだその心」「歪んだ日の君を捨てないでよ」このフレーズを聴くと、中高生の頃の気持ち悪かった自分(今も気持ち悪いけど)も忘れず大事に抱えていたいと思える。中二病だった人に響くのかもしれない。

 

 

 

NUUAMM(マヒトゥ・ザ・ピーポー)/turn light

https://www.youtube.com/watch?v=SpXvemwj9Ic

マヒトゥは声と歌い方が独特だから万人ウケはしないのは仕方ないと思うけど、それにしても知名度が低すぎる。良い曲を作るのになぁ。。青葉市子さんの声と歌い方が本当に好きだから、一緒に歌ってくれているのがとても嬉しい。優しい声が、マヒトゥの曲の独特な世界観に合っていると思う。二番の、フレーズどころか数文字毎に歌が入れ替わる部分が良い。あとは『めのう』とか『MU-MIN』あたりも聴いてみてほしい。

 

 

きのこ帝国/金木犀の夜

https://www.youtube.com/watch?v=bdOGh2q4184

曲も声も大好き。爽やかなメロディと声に適度に甘ったるくて適度に詩的で適度にエモーショナルで悲しい歌詞。女の子とカラオケ行った時に歌ってくれたら嬉しい曲、ぶっちぎりでナンバー1。

秋には金木犀の香りでこの曲を思い出して、女の子に電話したくなる。電話する相手がいないけど。

 

 

チャットモンチー/恋愛スピリッツ

https://www.youtube.com/watch?v=QI9O-3vNZj0

当時えっちゃん達が18歳の時に作った曲。ひたすら二つのコードと同じフレーズを繰り返す。この頃は椎名林檎に影響を受けていたらしい。けどそれにしてはダイレクトな歌詞だなと思った。アルバムの『表情』に入ってた打楽器バージョンも良い。

ヴォーカルの橋本絵莉子が高校3年生の時に作詞作曲した曲で、好きな人に電話で告白する時に言いたいことをメモしたものが歌詞になった。今でもこの曲を歌う時、その当時の思い出が鮮明に蘇るらしい。-Wikipedia参照

この文章のエモさよ。。。

 

山崎まさよし/お家へ帰ろう

https://www.youtube.com/watch?v=71kwr6Xqh1g

ハウスシチューのCMに使われていたから、俺と同い年かそれ以上の人なら聞き覚えがあると思う。「ああ、知ってる!懐かしいなぁ。良い曲だなぁ」と思ってくれたらいいなと思って載せた。まさやんなら普通にワンモアが一番好き。アルバムならHOMEがおすすめ。

 

 

ポルノグラフィティ-愛が呼ぶ方へ

https://www.youtube.com/watch?v=Gs-GHYKJA9w

兄が大好きだった曲。子供の頃は感性が豊かだったから聴いただけで涙が出そうだった。なんかのドラマの主題歌だった気がするけど、忘れちゃった。

 

The wisely brothers / 鉄道

https://www.youtube.com/watch?v=wGuIg6KZ30U

普段は下北沢のライブハウスとかで活動してるインディーズバンド。

五年くらい前に友人に教えて貰って『メイプルカナダ』から入ったんだけど、ぼんやりと聴いていたらだんだん声質のせいなのかか歌い方のせいなのか、まるで声までがひとつの楽器のように聞こえてきてびっくりした。感情に任せて思いつくままに書きだしたような詩はよく考えれば理解できそうだけど微妙に理解不能で、それがまた癖になる。「紹介したいアーティスト」で言えばダントツで一番。

 

 ハンバートハンバート/おなじ話

https://www.youtube.com/watch?v=ZW7Oi8qq-D8

ハンバートはそれなりに有名なんだけど周りに好きって人がほぼいなくて寂しい。まあとりあえずこの曲を聴いてくれ。あとは案外知られてないけどこのすばのEDもこの二人が作ってたりする。

 

オーイシマサヨシ/ 君じゃなきゃダメみたい

https://www.youtube.com/watch?v=i1qrQWyuM3U

今まで見たアニメの曲で一番好き。アニソンで一番ノれる曲だと思う。何度聴いても飽きない。オーイシ兄貴は都留文の文化祭で(オンラインだけど)演奏してくれたね。

 

EVISBEATS/いい時間

https://www.youtube.com/watch?=06yIzV8HToM

何もする事が無い休日の夕暮れ時、コーヒーを淹れた時、デートの前日、そういう時にこの曲を聴くと素敵なLoneryを味わえる。素敵な時間をもっといい時間にしてくれる歌だと思う。

 

 

Galileo Galilei/管制塔

https://www.youtube.com/watch?v=nIA6gcxLfKw

ガリガリ閃光ライオットで優勝した時の曲。初めて聴いた時、十代でこんな曲を作ってこんな歌詞が書けるのか!?と圧倒させられた。アルバムが出る度に成長していく声、変わっていく楽器の構成や音楽性。そういった部分まで楽しめるバンドだった。解散して今はBBHFというバンドでgt.voをしているが俺はまだ聴いてない。

 

Lamp/さち子

https://www.youtube.com/watch?v=meF_vnE_uA

「安直なエモさを狙いにいったような歌詞」とはまさにLampの事だと思う。でも好きなんだよな。この曲よりお洒落で情緒的な曲は一生かかっても見つけられる気がしない。Lampはジャズ、ボサノヴァを組み合わせたJPOPを作っていて、どの曲も気品と哀愁が漂っている。ピースフルでエレガント。スタイリッシュでアダルト。Lampを聴いている自分が好きだし、Lampを聴く貴方が好きです。是非聴いてみてください。

 

 

ちゃんと読んでくれた人、聴いてくれた人、ありがとう。

よかったら感想とか聞かせてね!^q^