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Takumi’s blog

文章にして輝く思い出

僕の夢はお金持ちになることです

僕は将来、大金持ちになりたいです。

大金持ちになったら、都会から少し離れた自然の豊かな場所に土地を買って、そんなに大きくはなくていいから、素敵な純和風の日本家屋を建てたいです。

床の間や天井、欄間から脇息まで拘って、その素晴らしい空間の中で畳にねっころがってだらだらしたいです。

夜は広縁に置いた椅子に座って夜空を眺めます。

小さい漆の机を置いて、その上でお酒を飲んだりするのも風流ですね。

それから、これはあまりにも贅沢すぎるかもしれませんが、お風呂は露天風呂にして、それから温泉を引いて、源泉かけ流しにしたいです。

 

こんな素晴らしい家に住んでたら、当然人を呼びたくなります。

なので、時々友達を招待して、宴会を開いたりしちゃいます。

昔話に花を咲かせ、飲んで騒いでお風呂に入って、これまた拘りの高級お布団で川の字になって眠りにつきます。

 

 

そして勿論、その頃の僕にはお嫁さんがいます。

美人であってもなくても・・・まあ、できれば美人が良いけれど、お料理が上手で、優しくて、癒しを与えてくれるような女性と結婚したいです。

子供はできれば女の子が欲しいです。

男だと俺みたいなのが生まれてきたら嫌なので。

 

それから・・・それから、大きな犬を飼います。

犬は子供より早く成長し、子供を守り、やがてよき友になります。

どこかで聞いた言葉の受け売りです。

飼いたい理由は、ただ私が大きな犬が好きだからです。

 

雪が積もった庭を駆け回る犬の姿を、妻と娘と三人で、雪見障子越しに笑いながら見ている私。

それはそれは幸せな顔をしていることでしょう。

 

いつかそんな光景を実現させるために、僕は大金持ちになりたいです。

 

おわり。

曖昧な自分

『不安定な自分』

いつからだろう。

心の底から「寛ぐ」という事が出来なくなってしまったのは。

 

気がつけば、自分の家に居ても、家族と一緒に居ても、幼少期の頃のような安心感は得られなくなっていた。

成長する中で両親や兄弟を人として好きではなくなってしまったからなのか、自分が家族にとって不要な存在だと知ってしまったからなのかは分からない。

だから俺は、もう感じることのできなくなってしまった安心感というものを欲しているのだけど、それは叶うかもしれないし、叶わないかもしれない。

最愛の人と結婚して、子供ができて、家を買って。そうして縁が切れる事のない一生物の『家族』というものを手に入れれば、もしかしたら今度こそ本当に居心地の良い居場所が得られるんじゃないかなと思う。

だからそれまでに、家族に安心感を与えられる人間になろう。

というかまず彼女を作ろう。

 

『曖昧な自分』

 

俺は清清しいほど他人の影響を受けやすい人間で、逆にそこに一本芯が通っているのではないかと思う程に芯が無い。

それ故に、人格形成において毒親である母の影響をかなり色濃く受けている。

例えば、これはここ最近知った事なのだが、俺は何の根拠も無く父方の祖母を嫌っていた。

幼少期の頃から母が散々祖母の悪口を言っていたので、俺は当時大好きだった母の機嫌を取る為必死に同調し、そうしていく中で本当に祖母を嫌うようになっていった。

 

昔から、祖母は俺たちにあまりお年玉をくれなかった。

小学生の俺は別にそんなもの貰わなくても、おばあちゃんの家に遊びに行きたかった。

けれども母が「お年玉もくれないケチなおばあちゃんの所になんか行きたくないよね?ね?そうでしょ?」と半ば無理やり言わせてくるものだから、芯の無い俺はそれを自分の考えだと思い込んでしまっていた。

そして時々祖母の家に行くと、母は「おばあちゃんにお小遣い頂戴って言ってきな。少なかったらもっとねだらないとダメだよ」というようなことを言った。

俺はそれに従い、祖母にお金をせびった。

貰えなかった時は、あからさまに態度に出した。

 

こんな意地汚い嫌なガキを誰が可愛がるだろう。小学校の教師にも散々嫌われていたが、今思うとそんなの当然のことだ。

正直、俺はあり得ないほど最低な子供だった。

だけど、それでも、祖母はそんな俺にいつも優しくしてくれていた。

一昨年久々に会った祖母は病院の白いベッドに横たわっていて、一瞬別人と見違えるほどに弱っていた。少しぼけていたけれど、ちゃんと俺のことを覚えてくれていて、少ない年金の中から一万円も俺にくれた。

俺は本当は優しいおばあちゃんが大好きだった。

おばあちゃんはいつも、「今度遊びに来たときはお小遣いあげるからね」と言って、代わりにお菓子をくれた。実際、2~3回に一度は五千円なり一万円なりくれた。

考えてみれば父は八人兄弟で、それに伴って俺の従兄弟、おばあちゃんの孫も20人近くいるわけで、全員にお小遣いなんかあげられる訳が無いのだ。

そんな簡単なことに、20歳になってようやく気づいた。何も知らずに金をせびって、祖母の生活を苦しくさせていたのだ。本当にゴミクズとしか言いようが無い。

もし祖母が生きている内にまた会う事が出来たなら、せめてもの償いと、それから感謝の意味を込めて、絵手紙を添えて加賀棒茶と九谷焼の湯呑みでもプレゼントしよう。

だから次に会うときまでどうか、俺を忘れないでいてほしい。

 

うんち    

うんちについて語ろうと思う。

っていうのは嘘。

特に書くこと無かったからうんちってタイトルにしただけです。

 

北陸にも春が来て、ぽかぽかと暖かく、陽気な気分で毎日を過ごせている。

まあそれはそれで良いことなんだけれど、そんなどうでもいいことで満足して生きていくなんて俺は嫌だから、何かもっと楽しいことがしたいなーと思う。

例えば、友達と遊びに行ったりとか、女の子とデートしたりとかさ。。。

とにかく、俺は楽しいことに飢えてるんだよ。

気づけばあっという間に20歳になっちゃったけど、俺はまだまだ子供なんだ!

楽しいことがしたい!

小学生のように公園でキャッチボールをしたりサッカーをしたりバドミントンをしたりしたい。

そんで、貯まってくばかりの金を友達と遊んだり飯を食ったりしてばら撒き散らしてやりてぇ。

そんなら石川で友達でも作ればいいだろって話かもしれんけど、俺にそこまで気の合う友達作るのは無理な気がするんだよ。

というか、そもそも俺は俺の最高の友人たちと遊びたいのであって、新しい友達なんか必要ないのだ。キリッ。  

いやー、それにしても、友達のいない人生っていうのは退屈なもんだね。

いつも一緒に遊んでた奴が遠い場所にいて会えないことが、すっごく不便に感じる。

今度会うときは文化祭か成人式かな。楽しみ楽しみ。

 

何故俺には彼女ができないのか

今までは単純に「モテないから」という理由だと決め付けていたけれど、よくよく考えてみるとそれだけじゃないような気がしてきた。

結論から言うと、俺に彼女ができないのは俺がクズだからだと思う。

俺は極度の面倒くさがりで、特に面倒だと思うのが「責任を負う事」なんだよ。

車を買わない理由もそれ。なんか色々面倒くさそうだから。

そして彼女を作らない理由も面倒くさいからなんだよね、たぶん。

彼女ができたら、彼氏にならなきゃいけない。

彼氏になったら彼女を幸せにしなきゃいけない。

それがめんどくさい!!!!!!!!!!!

俺にはそんな重い責任背負えない!

だから彼女作らない!

ってことのような気がする。

軽い気持ちで付き合える女友達みたいな人と結婚したいです。

おわり。

自己紹介

 

自分は感受性が貧しく、性格も陰鬱だから、人生で得られる幸福の量は周りの人より少ないと思う。

 

最近はブログを読むのが好きだ。特に女性が書いたものの方が楽しめる。

書くのも好きだけど、全然思うような良いものが出来上がらなくて嫌になる。

 

旅行に行きたい。

海外でも国内でもいい。

一番気の知れた友達と行きたい。

 

恋愛がしたい。

いや、やっぱりそうでもない。

 

恋愛して結婚したら幸せになれる気がする。

けど、俺という人間の人間性を考えると、結婚はそんなに良いものじゃない気がする。

はじめからマイナスのものを0に戻す程度の役割かもしれない。

それでも、絵に描いたような幸せを手にしたいと思う。

 

整形をしたい。

容姿をもう少しましにしたら、内面もましになるんじゃないかと思う。

 

野球がしたい。

会社の草野球チームに入りたい。そんなん無いけど。

 

 

今を楽しみたい。

過ぎ去って時間が経ってから輝く思い出なんていらないから、

今を目いっぱい楽しみたい。

楽しいことなんてあんまり無いけど。

 

ってことで終わり。

ガールズバーの女の子について

気が狂いそうになりながら昨日の夜に聴いていたのはチャットモンチーの『真夜中遊園地』で、今聴いてるのはダニエル・ビダルの『オー・シャンゼリゼ』。

まあだからなんだって話なんだけど。精神的にちょっと安定してるのがわかるかなと思って言いました。

 

 

さっきふと思ったんだけど、俺はブログでいつも俺の話ばかりしている。

しかも一つ残らずネガティブな内容で。

あんまり自覚はしてなかったんだけど、俺は自分が好きで、悲劇の主人公ぶるのが大好きな人間なんだな。

なんかそろそろそういうの卒業したいから、これからは自分の愛するものとか美しいものについても書こうと思う。

あんまりモチベーションは上がらないけど。

まあ、書きます。

  

 

 

可愛いものが可愛い。

最近気づいたことだ。

もっと言うならば、可愛いものは可愛くて、可愛い。

 

 

「ごめんなさ~い!私今酔ってるんです~!」

片町のガールズバーで俺の隣に座った女の子は、とても可愛らしい笑顔でそう言った。

あまり酔ってるようには見えなかったけれど、本人が酔ってると言うのだから酔っているのだろう。

 

 

他の女の子と話している間、その子はしきりにおしぼりで何かを作っていて、そして突然大きな声で「できた!ちんこ!」と叫んだ。

俺がふざけて、「上手ですね~、よくできました~!」と言うと、その子は「普段は私こんなことしないんだよ!今日は酔ってるから!」と言い訳をしながら、おしぼりを元の形に戻してしまった。

俺はその賑やかな光景を見ながら、正反対に、胸がふさがれるような悲しい気分になった。

ちんこが崩れてしまったからではない。

俺の目に、彼女の一連の言動が演技だということが一目瞭然だったからだ。

きっと彼女は仕事であろうがなかろうが、誰の前でも可愛くあり続けているのだろう。

  

「笑顔がとっても可愛らしいね」と、俺は言う。

すると彼女は100%の笑顔で俺を見つめ、

「ありがとう!お兄さん、褒め上手だね!」と言った。

その後も彼女は俺を見つめ続けた。

はじめの内、俺も笑顔で見つめ返していたけれど、すぐに照れくさくなって顔を背けてしまった。

こんな作り物の笑顔で照れくさくなんかなるはずないと思ったのだが、彼女の笑顔は一切の不純物を含まない、紛れも無い本物だった。

どうしてこんな笑顔ができるのかと、不気味にさえ思った。

だがそれは簡単なことで、彼女にとって接客が楽しいからでもなく、仕事だからでもなく、彼女が可愛いからだ。

「可愛い私」というものを何年も何年も毎日休まず演じ続けてきたからこそ、見ず知らずの他人にさえ100%の笑顔を向けることができるのだ。 

この子は可愛いというスキルを磨き続けた、生粋のプロ可愛イストなんだ。

だから、可愛いんだ。

そのスキルを最大限生かせるガールズバーで、彼女は楽しく働いている。

それは素晴らしいことではないか。

職業に貴賎無しとはよく言ったものだが、突き詰めればきっとそうなのだろう。

まあ缶詰工場は別だが。(笑)(身内ネタ)

 

   

 

彼女は野良猫のように、大体いつも同じ場所にいる。

その可愛さを求め、俺達は今日も高級缶詰をぶら下げて会いに行くのだ。

 

気が狂いそうな夜だった

気が狂いそうな夜だった。

 

サービス出勤から帰宅し寝て起きたら夜になっていた。

 

久々の休みが睡眠補給で終わったことが虚しかった。

 

誰でもいいから、誰かと話したかった。

 

頼れる相手は一人も思い浮かばなかった。

 

自分の全てが嫌になった。

 

もうすぐ20歳の誕生日だから、誰かに祝ってもらいたい。