Takumi’s blog

文章にして輝く思い出

鮮魚が苦手

6時半に予約したよ。と言うと、間髪入れず即座に、 スマートだね。と返されたので、俺は気分が良くなった。成果を即座に認めて褒める。なかなかできる事じゃない。やっぱり誘って正解だったな。と思う。 予約した時間まで30分あるから少し遠回りをしよう。そしたらちょうどいい時間に着くと思うから。

 池袋の街を二人、肩を並べて歩き出す。人込みを掻き分け10分もすると、あたりに人はほとんどいなくなった。繁華街からすぐの閑散とした街並みも趣があって、ぶらぶら歩いているのが楽しい。
 そういえば、苦手な食べ物とかある? 私、生魚だけはだめなの。あとはヘイキ。 へぇ、それは味が苦手ってこと? まあ、味と、あとは触感かな?なんとなく気持ち悪くて。 ああー、なるほど。まあ予約したのは寿司屋じゃないから安心してほしい。 それはよかった。
ちょうど1分前に目的地に着いた。サンシャイン60のエレベーターに乗り、58のボタンを押す。ええかっこしいの俺からの、ちょっとしたサプライズ。地上200mの地点までぐんぐん上り、耳の奥が痛くなる。彼女は今、どんな気持ちだろう。
  
 土屋様ですね。お待ちしておりました。お席までご案内致します
入口からホールに出る。前に来てから一年ぶりくらいだろうか。東京の街を一望できる大きな窓が懐かしい。空は暮れなずみ、街は白く霞んで見える。 へー!すごーい。素敵! へっへっへ、でしょお?まあ、せっかく池袋に来たんだし、たまにはいいかなと思って。予約しなくても入れるけど、窓側の席が良かったからさ。 そう言ってから、たまには、なんて言って、まだ二回しか二人で会っていないから、表現としては過剰かもしれないな。と、少し思った。
あっちにスカイツリーが見えるよ。 本当だ。ってことは、埼玉はこっちかな?そしたらこっちが新宿方面かな? えー、全然わかんないや。 いや、俺も適当だから全然違うかも。 彼女の方にちらりと目をやると、東京の景色に見とれているようだった。テーブルに置かれたアルコールランプに瞳が揺らめいている。カクテルで乾杯をし、料理をアラカルトで注文する。酒も料理もおいしく、会話も弾む。
こんないいとこ知ってるなら、彼女と来ればいいのに。 いやいや、だからさ、何度も言ってるけど、彼女いないんだって。 そう言うと、それ本当なの?全然信じてなかったんだけど。と、彼女は言う。彼女なんかいないし、できたこともないよ。
 
自分には彼女が作れない。それを知ったのはいつだっただろう。彼女を作ることはなんとか諦められたけど、女性との関わりが無いというのはどうしても嫌で、俺は女友達を作ることに心血を注いだ。女友達と彼女の違いなんて、体の関係の有無だけだ。特別感なんてうたかたの虚構に過ぎない。素敵な異性の友人がいるということは彼女がいるよりも素晴らしい事だ、なんて強がって、彼女を作らない事を正当化した。
 俺はね、女友達がいればそれでいいんだよ。 お、私? 君はあんまり遊んでくれないじゃん。 まあ。だってめんどくさいんだもん。
 めんどくさいんだもん。だなんて、あまりにも正直でふっと笑ってしまった。その正直なところが愛おしい。彼女にとっての俺は生魚みたいなものなのだろうか。味では無いけど、なんとなく好みではない。人と生魚の距離感。
 あれ、そういえば、前二人でよく遊ぶ子いるって言ってなかった? いたけど、LINEブロックされちゃった。 えー、可哀想。それは悲しいね。 うん。悲しかった。というか、今でも悲しい。正直、自分でもこんなに傷つくとは思ってなかった。 それはきっと、好きになっちゃってたって事だね。 うん・・・そうなのかな。ただの友達だと思ってたんだけどな。 そう言いながら、俺はもう泣く寸前だった。そういえば、俺は中学生の頃、あまりにも女友達が欲しすぎて時々泣いてしまうような時期があった。努力は実を結び、高校で何人かの女の子の友達ができて、前のようには取り乱さなくなった。けれども女友達はあくまで友達で彼女ではない。当然、彼氏ができればそれまでのような付き合いはできなくなる。そして俺はまた取り乱す。取り乱し、傷つき、悲しみ、そこで初めて自分が相手に友情を超えた何らかの感情を抱いてしまっていたことに気が付く。友情を超えた何らかの感情。それは一重に恋愛感情とも言えず、どちらかと言うと"愛情"とか、"愛着"といった類になるのだろう。それぞれ友達は自分の心の隙間の特定の部分を埋める役割を持っていて、特にそれが大きい人には、それに比例して愛着がある。人は性格だけで人を好きになれる生き物だから、気が合って仲良くしている異性に愛情に近い感情が沸くのはある意味必然なのだろう。
どうやら、真の女友達を作るのは彼女を作るより難しいらしい。
 
  
良い人が見つかればいいね。と、彼女が言う。
良い人。それはきっと、窓から見える夜景の中に無数にいて、今、テーブルを挟んだ俺の目の前にもいるのだろう。
そうだね。とりあえず俺は、鮮魚から人間になる努力でもしようかな。
 
 

フリートーク

少し前の石川県にいた時の自分と、川越にいる今の自分を比べてみる。なんとなくだけど、上手くは言えないかもしれないけれど、何かが決定的に違う気がする。俺が石川にいる時、その少子高齢化が進んだ限界集落のような町の中で、俺は「あんちゃん」だったり「坊ちゃん」だったり「土屋君」だったり、時々「菓子パンのあんちゃん」だったりした。そもそも人口の少ないその場所では住民がみんな顔見知りで、仕事が休みの日にちょっと大きめのリュックを背負って歩いていたりバス停で待っていたりすると、誰かしらに「お出かけ行くんか?」と声を掛けられた。お互いがどんな人間なのかなんて全然知らなかったとしても、そんな事は誰も気にしない。ごくろうさん。今日も仕事か?んー仕事。天気が良くて嫌んなっちゃうねぇ。えぇ?そうやな!ははは!(聞こえてない)なんて会話が、名前も知らない、歳の差が50も60もある人と生まれる。そんな場所が、俺には案外居心地が良かった。それに反し、都会にいる俺はただの「通行人A」だ。近所を歩いていても誰に話しかけられる事も無い。変わったのは周囲の環境で、俺自身は何も変わってはいないのだけれど、この"何者でも無い自分"という感覚が少し寂しい。なんてふと思い、ほんの二週間前の日々をはかなむ。この気持ちは忘れたくないなぁと思う。おわり。ごめん、この話はオチが無い。話はまるっきり変わるけれど、まだ少し語る。俺がオーストラリアに発つのは十月で、今からだと約5か月後。だから、まだ時間は結構ある。それまでは、とりあえず実家の仕事を手伝いながらお金を貯めつつ、ちょっとずつでも英語を勉強しておこうと思ってる。やっぱり英語は大事だからね。今までの人生で「英語が喋れるようになりたいな」と思った事が何度もあったし、ここで行って身につけることができなければ、この先の長い人生で「英語が喋れるようになりたいな」と、何度も何度も考えては諦めてを繰り返す事になるだろうから、そんな事になるのは嫌だから、できるだけ早めに行くことにした。我ながらなかなかの行動力だと感心している。興味を持った事にとりあえず取り組んでみる。興味を持った人をとりあえずご飯に誘ってみる。興味を持った場所にとりあえず行ってみる。そういう行動力が、俺にはある。この行動力によって得られるものって、実はかなり多いし、大きい。例えば新しい趣味が発掘できたり、ただのネットの知り合いが現実での親友になったりもする。行った先で得られる経験、思い出、出会いは人として俺を成長させる。実のところ、まだ人間関係においては少し躊躇してしまう事もあるけれど、なるべく気になった人とは会ってみたい。俺はそもそも自分の容姿や性格に自信が無い。だからこそ、待っていても誘われないし、自分から誘う。「あまり親しくないから」とか「容姿が悪いから」とかそんなのは、言い訳じゃなくてきっかけにしてしまえば良いと俺は思う。断られたら二度と誘わなければいい。それだけの話。だからこの5か月の間で色々な人と関わってみたいなと思ってる。昨日はツイッターで少し関わりのあった高校の後輩を遊びに誘ってみた。元々あまり親しくないのと、年齢差が一つあるって事で大分気を遣わせてしまっていた。申し訳ない事をしたと思う反面、年下の人との関わり方とかの部分での反省は次に生かせるなと、そこは勉強になってよかったなとも思う。やっぱり、人と会うと得られるものがあって楽しい。誘う前は勿論不安だ。というか俺はいつだって不安だ。仕事を辞める時も不安だった。今だって不安に苛まれてる。何一つ上手くなんかいってない。けどそれで良い。安定してしまったらそこから先へは進めない。安定なんか要らない。不安を大事に抱えて、崖から転げ落ちないように慎重に歩いて行く。それがまあ、何の取り柄もない、"何者でもない俺"の唯一の生きる術なんだと思う。ごめん、君の名は。のBGM聴きながら書いたからちょっとテンション上がっててウザいかもしれん。読んでくれてありがとうね。おやすみ!Zzzz...

人と花

土手一面に綺麗に咲き乱れてる菜の花の一輪を手に取って眺めると、細部まで美しく造形されてるなぁと思う。誰に見られる訳でも無いのになぁ、と。いや、花がわざわざそんな事まで考えて咲いてるだなんて、俺だって本気で思ってる訳じゃないんだ。けれど、俺は二十一歳になった今でも、どうしても自分自身の価値観に当てはめて色んな物事を考えてしまう節がある。 今日は市役所とウェスタ川越に用があって外出した。ウェスタ川越から歩いて帰る途中、すれ違う人たちはオシャレだった。眼球を文字通りに目まぐるしく動かして、あっちの人こっちの人の服装に注視して歩く。おばあちゃんもオシャレ。中年女性もオシャレ。高校生、制服。大学生はおしゃんてぃとでも言えばいいのか。オシャレの中でも主張が強い。それから、自分の着ている服を見る。ズボンは黒いジャージで、上は中学生の時に親に買ってもらったジャンパー。当時からかなりブカブカで、今でもちょっと緩い。オシャレとはかけ離れていて、どちらかと言うとみすぼらしい恰好だと思う。相対的にオシャレしている人とオシャレしていない人を見ると、俺のように法律に従って、または防寒目的で服を着ているという人間の方がマイノリティだ。大体みんなオシャレしてる。恋人との初デートでも行くのかってくらい気合いが入ってる。そんな日常的にフォーマルな意識で生活をしていたら、俺なら疲れてしまう。そもそも都会の人間は他人になんて1mmも関心が無いのだから、一人で出かけるのにオシャレなんかする必要無いのだ。と俺は思うが、どうやら世間一般の考え方としてはそうでは無いらしい。オシャレとは何なのか?川越駅西口から南古谷まで徒歩で帰る途中、ずっと考えていた。ここで冒頭に戻るが、そこで俺は土手一面に咲く菜の花と出会った。一輪の菜の花を無情にもひきちぎってそれを眺めると、本当に細部まで完璧に美しく作られていて、それをまじまじと見つめていたら何かが分かったような気がした。それは人は花とは違った価値観を持っていて(そもそも花は価値観を持たないが)、都会(?)に住む多くの人間はオシャレをする事こそがあるべき自然な姿なのだという事。つまり、オシャレをする人は美しい造形をした花で、オシャレをしない事こそを美徳のように考えてしまいダサダサな恰好をし斜に構えている俺は美しさの無い路傍の石ころ、いや、犬のクソ程度の存在なのだ。もしFラン大学生が世界に一つだけの元々特別でオンリーワンな花であるならば、俺はそんな花クソまみれにしてやりたいけどね。

 

おわり。 

お気に入りの写真を貼ります

「川越の原風景」

まるひろの屋上の遊園地の観覧車ですね。

友人のIさんと放課後に二人で来て撮った。綺麗なだけの写真ってのも良いよね。

f:id:nikonf3ismylovemachine:20180126025605j:plain

「雨上がり」

休みの日に自転車で毛呂山?の鎌北湖に行った帰りに撮った写真。

これはコンテストでも賞を貰ったし、多分今まで撮った中で一番良い写真なんだと思う。まあ、これも単なる綺麗なだけの写真なんだけどね。賞撮らせてくれてありがとう。

f:id:nikonf3ismylovemachine:20180126025652j:plain

大久野島の野良ウサギ」

青春18きっぷで旅をした時の写真ですね。広島の、うさぎが沢山いる島です。

行ってから知ったのですが、昔はこの島で毒ガス兵器の製造がされていたらしいです。

f:id:nikonf3ismylovemachine:20180126025606j:plain

「放課後の昇降口」

バスケ部のポスターや男子生徒(うえた)の表情がなんとも良い味を出してますね。

 

f:id:nikonf3ismylovemachine:20180126025745j:plain

「秋の風物詩」

金色の稲穂の絨毯と鮮紅の彼岸花。奥に川越の市街地が見えるのがポイント高いです。

f:id:nikonf3ismylovemachine:20180126025802j:plain

南古谷駅

僕の(元)最寄り駅です。南古谷はいいところですよ。是非遊びに来てください。ちなみにこの写真はオートHDRを使ってます。

f:id:nikonf3ismylovemachine:20180126025807j:plain

「月明かり」

松元と自転車で飯能に行った時に、途中のバス停で撮った写真。

俺が今までに撮ったモノクロ写真の中で一番のお気に入り。

深夜の4時くらいだったかな?小雨が降ってた記憶がある。

f:id:nikonf3ismylovemachine:20180126025324j:plain

「富山美人」

これは社会人になってから撮った写真です。ネットでモデルを募集したら来てくれました。募集したら予想以上に人気が出てしまって、処理しきれずやめました。

f:id:nikonf3ismylovemachine:20180126025354j:plain

f:id:nikonf3ismylovemachine:20180126025411j:plain

 

 

以上。

たまには写真を通して昔を振り返ってみるのも良いですね。

むしろ、このために俺は写真をやっていたと言っても良いくらい。

需要があればまたやります。

家のこと

実家を出たら親と仲良くなるというケースはよくあるらしい。かくいう俺もその一例になりつつある。

 

実家に住んでいた頃は、両親との喧嘩が絶えなかった。

両親は俺の事をどうしようもないゴミクズ、一家の恥晒しだという様な認識をしていたのだろう。

高校には床に頭を擦りつけてなんとか行かせてもらったが、よく「卒業したら家にいることは絶対に許さないぞ」と遠回しのニュアンスで言われた。一言で言えば、「損切」というやつだ。

だから俺は卒業後即家を出て、住み込みの寮がある石川県の旅館に就職した。

家を出る三日前、母は俺に「やっぱりまだ家を出て働くのはちょっと早いんじゃないの?もし行きたかったら専門学校くらいなら行かせてあげるよ」と、涙ながらに提案をしてきた。

その時の俺の心境なんざ今更詳しく覚えてはいないが、俺はもうこれまでの人生を捨てて新しい人生をスタートするくらいの心意気でいたし、まったくもって親の言葉に魅力を感じたりすることは無かったように思う。

 

家を出てからは二か月に一度くらいのペースで、実家からお菓子等の入ったダンボールが送られてきた。

それは、はっきり言って迷惑でしかなかった。

例えるなら、邪魔になった犬を公園に捨てに行ったは良いが、罪悪感と「嫌われるのは嫌だ」という思いでエサを与えに行くような、そういう類の自己中心的なわがままに付き合わされているような茶番。俺にはそう思えた。

部長に「実家から荷物が届いてるよ」と嬉しそうな笑顔で言われる度、ひどく憂鬱な気分になった。

 

家を出て一年後、急に両親と弟が旅館に泊まりに来た。

どうしたら良いか分からなくて、一応旅館のお客様だからひとまず表面は取り繕い仲の良い家族を装う事にした。

けれど、仕事としてキッチリとおもてなしをするのは絶対に嫌だったから、その日は休みを取り、サービス出勤という扱いにしてもらった。こうすることで「家族が来たせいで折角の休みが一日つぶれた」という体裁を保つこともできる。

できればそのまま休んでしまいたかったのだが、「俺は今家族に対してどういう感情を抱いているのか」という事で少し自分の中にもやもやしたものがあり、今回はそれを解消する良い機会かもしれないと思って、正面から向き合うことに決めた。

 

「表面を取り繕って仲のいい家族を演じる」というミッションはクリアしたが、結局俺は親の顔をこれ以上見ているとストレスで死んでしまうかもしれない。と身の危険を感じ、朝食を出し終えたらすぐ寮に帰った。

そうしたら親は寮に来て謝罪文を置いて行った。本当に気持ちが悪いなと思った。

そもそも、俺は損切を悪い事だと思ってはいないし、家を追い出されたことを不幸だとも思っちゃいない。

だから、謝罪されても心の底から嫌な気分になるだけで、親が望むように「今までの事は水に流してまた仲良し家族に戻ろう」などという気は微塵も起きなかった。

俺は親に「必要以上に仲良くしようとしないでほしい」とだけメールをした。

それが俺の答えだった。

そのメールを送った時、俺は今後一切の支援を親に求めないことを自分に誓った。

ベンツと事故を起こして借金を抱えようが、結婚して子供ができようが、一切親には頼らないぞ。と、決意をした。

そして俺はその時に気づいた。

自分が「家族と他人になりたい」のだという事に。

 

それから何度か日常報告のLINEが来たり、母親の愚痴用ツイッターにFF外からちょっかいを出されたりということはあったが、その全てが俺に何らかの感想を抱かせることは無かった。

 

もう親の顔なんて死ぬまで見ないのかもしれないし、それでも構わない。というような気持ちでいたのだけれど、埼玉に居て行く当てのない俺は何の気も無しに実家に帰ってしまった。

何も親を恨んでる訳じゃないし、実家に帰る訳には行かないなんて意地を張っているつもりもなかった。のだが、やはり少し自分の中での葛藤はあった。

ちょっとシャワーと布団を借りておいとまさせて頂く予定が、あまりにも歓迎されるもので、結局一緒に食卓を囲み、温泉にまで行ってしまった。

弟に聞いたのだが、母はしょっちゅう「今度たくみが帰ってきたら私の美味しい手料理を食べさせてやるんだ」と言っていたらしい。

父は翌日の朝「帰ってきてるなら電話くらいしろよ!仕事切り上げて早く帰ったのに!」と母に怒ったらしい。

 

人は失くして初めてその大切さに気づくと言うが、親にとっての俺がそうだったのだろう。

逆に俺は失くしても「自分にとっての必要のなさ」を実感しただけだった。

しかし、今回あまりにも喜ばれたせいで少しだけ気が緩んでしまったのもまた事実で、また自分の中で親に対する認識を今一度考えてみようかなと思った。

 

かつての俺は「いつもいつも愚痴を言うのをやめてほしい」「もっとポジティブに生きて欲しい」「こっちにまでストレスを感染させないでほしい」そんな思いで母によく意見をして、怒りを買って喧嘩に発展していた。

しかし今となってはもう滅多に関わる事も無いので、何か気になることがあってもさらっと受け流すだけで済む。だから喧嘩も起きないだろう。

それは俺の中での「しょうもない悩み」の損切だが、それを「仲良くなった」と言ってしまえば平和だ。

 

まあとにかく、好きとか嫌いとかもうそんな感情を抱くことはできないけれど、「家族と思いたくない」なんて考えはやめようかな、と思った。

さとうゆうじの冒険

さとうゆうじは家を出る。そしてこう言った。「あちぃ」

さとうゆうじはまず自宅から徒歩1分の場所にあるセブンイレブンに入った。

店員のおじさんは言う。「おしゃしゃしゃませぇ~」

さとうゆうじは言う。「お、おん」

さとうゆうじはエロ本を持ってレジに並ぼうと思ったがやっぱり恥ずかしいので万引きした。

家に帰っておちんちんをシュッシュしていたら、とても良い事を思いついた。

「女子高生とえっちしたいナリ。高校に行くナリ」

さとうゆうじは寸止めして母校である川越総合動物園へと向かった。

しかし頭が悪いので、ズボンとおぱんてぃを家に忘れてきてしまった。

さとうゆうじは虚空を見つめながらつぶやく。「ヤベェ」

仕方がないので、さとうゆうじは道に落ちていたビニール袋をパンツの代わりにした。

そのビニール袋は透明なのであまり意味が無いが、さとうゆうじはそれで幸せだった。

さとうゆうじは言った。「お、ええやんこれ」

歩くこと24分。ようやく川越総合動物園に到着した。

さとうゆうじは何も言わなかった。

しかし、心は「疲れたナリ」と叫びたがっていた。

さとうゆうじは頭が悪いが、知っていることが3つあった。

一つは、川越総合動物園には女子高生がたくさんいること。

二つ目は、おちんちんをこすると気持ちがよくなること。

三つめは、城本が日本一の殺し屋だということ。

学校に入ると、まずは女子トイレに入った。

間もなくすると、誰かが入ってきた。ドアの下から覗くと、超絶美少女がそこにはいた。

さとうゆうじはうきうきしすぎてつい声に出してしまった。「ウキウキウキー!」

女の子はびっくりして「きゃっ!」と悲鳴を上げ、おしっことうんちを漏らしてしまった。

さとうゆうじはやばいくらい勃起した。

「あらあらあら」

女の子は恐怖で腰が抜けている。そのまま後ずさるが、壁際に追い込まれてしまった。

女の子は目に涙を浮かべる。

「やだぁ・・・誰か助けて・・・・」

さとうゆうじは、「どうしたんだい?腰が抜けてしまったのかい?」

とさわやかに言う。

しかし、その眼は血走り、瞳孔は開いている。

さとうゆうじは続ける。

「もしよかったら、僕とエッチしませんか?」

女の子は首を横に振る。

「そうですかぁ。じゃあとりあえずしゃぶれや。もちろん下のお口でな!!」

そう言いながらさとうゆうじは己のイチモツを握りしめ、少女のアソコへ近づけてゆく。

「ふひひひひひ、ふはははははは、ふぅーひひひひいひひ!」

「やめてください!いや!やめるのです!」

さとうゆうじのイチモツは抜かりなく、少女の墨染の草むらを掻き分ける。

「あれぇ、あれぇ、やめてくだされ、お代官さまぁ!」

「ふひひひひ!ふひ!ふひ!ほれほれほれほれ!」

さとうゆうじのたくましい両手が、少女の衣服をはがし、白く透き通った肌が露わになる。

「おやおやおや。これは、鏡餅ではありませぬかぁ!おひょひょひょひょー!」

さとうゆうじは鏡餅を舐める。

「あっ、あっ、だめぇ!」

「ふひひひ!おまたのワレメから汁が溢れてまいりますぞぉ!これでは溺れてしまいそうだ!ふひひひひひ!」

ぷちょぷちょと音を立てて、少女のひめやかな部分を、なめて、そそる。

「あっ、んっ、やめてぇ!」

小刻みに震えるアソコを、さとうゆうじの最も男らしい部分で、くすぐり、焦らす。

「あっやべっ」

さとうゆうじは挿入する前に射精してしまった。

 

GAMEOVER

 

 

 

何も考えずに思いつきで文章を書き続ける遊び

吉田は足が速い。

その速さは音を置き去りにはできないが、おばあちゃんがよく乗ってるあの4輪の電動車みたいな奴になら多分ギリ勝てる。

しかし、そんな超人吉田には致命的な弱点があった。

吉田は2年前、『線路に飛び出して電車にぶつかったらどうなるかゲーム』をしていたところ、運が悪く電車にぶつかってしまい、頭蓋骨に穴が空き脳みその半分が流れ出てしまったのだ。

この事故により、吉田には後遺症が残り、頭がおかしくなってしまったのである。

吉田はその時のことをこう語る。

「おんひっひ」

 

おわり