Takumi’s blog

文章にして輝く思い出

お気に入りの写真を貼ります

「川越の原風景」

まるひろの屋上の遊園地の観覧車ですね。

友人のIさんと放課後に二人で来て撮った。綺麗なだけの写真ってのも良いよね。

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「雨上がり」

休みの日に自転車で毛呂山?の鎌北湖に行った帰りに撮った写真。

これはコンテストでも賞を貰ったし、多分今まで撮った中で一番良い写真なんだと思う。まあ、これも単なる綺麗なだけの写真なんだけどね。賞撮らせてくれてありがとう。

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大久野島の野良ウサギ」

青春18きっぷで旅をした時の写真ですね。広島の、うさぎが沢山いる島です。

行ってから知ったのですが、昔はこの島で毒ガス兵器の製造がされていたらしいです。

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「放課後の昇降口」

バスケ部のポスターや男子生徒(うえた)の表情がなんとも良い味を出してますね。

 

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「秋の風物詩」

金色の稲穂の絨毯と鮮紅の彼岸花。奥に川越の市街地が見えるのがポイント高いです。

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南古谷駅

僕の(元)最寄り駅です。南古谷はいいところですよ。是非遊びに来てください。ちなみにこの写真はオートHDRを使ってます。

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「月明かり」

松元と自転車で飯能に行った時に、途中のバス停で撮った写真。

俺が今までに撮ったモノクロ写真の中で一番のお気に入り。

深夜の4時くらいだったかな?小雨が降ってた記憶がある。

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「富山美人」

これは社会人になってから撮った写真です。ネットでモデルを募集したら来てくれました。募集したら予想以上に人気が出てしまって、処理しきれずやめました。

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以上。

たまには写真を通して昔を振り返ってみるのも良いですね。

むしろ、このために俺は写真をやっていたと言っても良いくらい。

需要があればまたやります。

過去へのけじめ

今更ですが、あけましておめでとうございます。

もう一月も半ばですね。みなさんはお正月、どう過ごされましたか?

お正月だからと家でゴロゴロしてた人や年中家でゴロゴロしてる人、様々だと思います。・・・全然様々じゃない!?

ちなみに私はひたすら働いてました。

1月1日から1月5日までの間に、65時間働きました。

TLの社会人が「仕事納め!」と言い始める一週間も前から、休むことなく働いていました。それをなんとか乗り切り、一月六日の午前まで働いて、その日の夜行バスに乗って命からがら逃げ出しました。

逃げ出したというのは表現が過剰でしたが、実は一月七日は地元川越で成人式があったので、それに参列すべくお休みをいただいたのでした。

わざわざ成人式の為に高い交通費と時間をかけて帰るのもどうなんだ?と思わなくもなかったのですが、行かずに後悔し続ける可能性と天秤にかけて、私は迷わず・・・ちょっと迷った結果、行くことに決めました。

めんどくさいのでここらへんで敬語やめます。

六日の日は、夜行バスで寝る為に寮に帰らず仕事を終えてそのまま金沢へ。

昼前に金沢に着いて、さて夜行バスに乗るまで残り十二時間。駅前のフォーラスのソファーに座ってどうやって暇をつぶそうかと考えていたら、ソファーからケツが離れなくなっていた。

結果として、俺はそのままソファーにケツをくっつけたまま、丸ごと十時間を過ごした。

そろそろ腹減ったかな?とりあえず飯食いに行きたいな。そう思いつつ、結局一度も立ち上がらずに十時間座っていた。

フォーラスのそれなりに人通りの多いエレベーターの前のソファーに、一時間や二時間じゃない。たった一人で、十時間も座っていたのだ。まともじゃない。そう思うけど身体が動かない。ソファーで本を読んで、寝て、一時間後に起きて、寝て、また一時間後に起きて、そんなことを繰り返した。十時間はあっという間では無かった。とてつもなく長かった。本当に苦しかった。

夜十一時。やっと夜行バスに乗る時間になった。救われたと思った。乗り込んで寝ようとしたけれど、ソファーで寝てしまった為まったく眠れなかった。俺はまた十時間座って過ごさなければならなくなった。死にたいと思った。腰が痛かった。尻が痛かった。なんで俺はこんな目に遭っているのだろうと疑問に思った。成人式に行くためだった。成人式なんか行って何が得られるのだろう。どうせシケた佐藤とシケた橘君と会ってシケたピザ食うだけなのに、なんでこんな嫌な思いをしなければならないんだと思った。

気が狂いそうだった。

 

 

バスは東京を経由して大宮に着く。(何故最初に大宮で降ろさない!?)

我先にと一番にバスを飛び降りる。流石に朝は寒くて息が白くなる。冷たい空気を思いっきり肺に吸い込むと気分が良くなった気がした。懐かしい景色を見て、「うわあ、都会だ!」と呟き、そうして田舎者の気分を味わうのもまた悪くないなと思えるくらいには、二十時間の拷問から逃れられた事が嬉しかった。

帰る前に一度本川越に寄って髪を切ったら、ガイジみたいな髪型にされてしまった。駅まで戻る最中、ぶつける宛の無い憤りに顔を赤くし鼻息を荒くしていた俺はまさしくガイジにしか見えなかっただろう。

南古谷まで車で迎えに来てもらい帰宅。実家に帰ったのは二か月ぶりくらいかな?なんか最近しょっちゅう帰ってる気がする。

猫と遊んで飯を食って、成人式の始まる一時間前の十二時に本川越に集合。川越まではまた車で送ってもらった。完全にゆとりである。

待ち合わせ場所に着く。シケた佐藤とシケた橘君がシケたスーツを着ている。

前に会ってから何か月も経っていなかったので全然なつかしさは感じなかったが、薄情な人間だと思われたくなかったので俺は目に涙を浮かべて再会を喜んだ。まあ嘘だけど。

会場であるウェスタ川越に到着。高校、中学、小学校の懐かしい面々と遭遇。

誰か知り合い(主に辻さん)に会いたいという気持ちが昂る。俺は鼻息を荒くし、人込みをかきわける。中学時代の同級生の女子、小学校時代の友達、みんな変わっていて驚いた。そりゃそうだ。高校なら二年ぶり。中学なら五年ぶり。小学校なんて八年ぶりだ。顔も変われば体形も変わる。

けれど、内面はみんなそんなに変わってないなぁと思った。チャラい恰好をしていても太ってても話せば昔のままで、俺はそれが嬉しかった。

同窓会に行くつもりは無かった(というよりも誘われてなかった)のだけれど、ありがたいことにジョリシー・ジョリスター、通称“ジョジョ”と呼ばれる中学校の同級生の女子がうんちっち・うんち・うんちちちっち、通称“ウンッチィー”と呼ばれる俺を誘ってくれたので、俺は晴れて中学の同窓会に行けることになった。

同窓会まで時間があったので、俺は佐藤とマインのキタムラの前のソファに座って待機した。疲れからか、頭がぼーっとして、視界がぼやけた。気を抜いたら眠ってしまいそうだったが、二十時間の地獄を味わった俺にとっての一時間はほんの一瞬だった。

会場であるハワイ料理屋の前に立つ。俺の黒歴史の全盛期である中学時代の登場人物がこの店の中には集まっている。そう思うと緊張で体が震えた。これが俗に言う「会いたくて震える」という現象なのかなと思った。

参加費の五千円をスマートに五千円札で払い入店。店内を見回す。懐かしい顔のオンパレード。懐かしいという感情のラッシュに頭がオーバーヒートしそうだった。

よく見ると結構顔を見ても分からない人がいて、それから分かってもなんとなく気まずくて話しかけられない人もいて、そういう人に対しては気付かないふりを貫いた。

まあそれはともかくとして、色んな人と話せて本当に楽しかった。この一言で片づけてしまってもいいかなと思えるくらいには、楽しい、懐かしいという感情しか無かった。

俺は話したい人とあらかた話して満足していたので、その会場内を見まわして、カーストのランク付けをして遊ぶことにした。

誰とも話せないでキョロキョロウロウロしてる奴は四軍。

ずっとテーブル席に座って同じメンバーで固まって話す連中は三軍。

同性同士、または普通の異性と話してる奴は二軍。

可愛い女子と話してる奴は一軍。

という具合に。

そうしてみると俺はまさしく一軍だった。

高校生の俺は中学時代を黒歴史として記憶に蓋をしていたせいで忘れていたのだが、俺は中学時代にも一応、女子の友達(?)がいたのだ。

同窓会で話したその女子は優しい上にノリが良く、とんでもなくキモかった当時の俺と仲良くしてくれていた希少な存在だった。

石川に帰ってLINEをして、二月に群馬に行く予定があったのでそのついでに埼玉に寄って遊ぶ約束をした。

「どうする?ごはんでも行く?」と言ってきたので、「は?ラブホ直行に決まってんだろ!」と返したら、「流石土屋wその馬鹿さ加減は健在だったんだね」と言われた。

成人式に行かなければ一生関わる事は無く、黒歴史の登場人物の一人として終わっていたであろう関係を、時間を超えて今の自分と結びつける事ができたのは単純に嬉しかったし、その事実が、中二病でどうしようもないクズだった当時の自分を許してくれた気がした。中学時代の俺はどうしようもないクズながらも、得るべきものはちゃんと手に入れてたんだな。と、そう思えた。

中学時代の俺よ。今までずっと責め続けててごめんな。お前はよく頑張った。偉い!

と、自分を褒め称え、ここでタイトル回収。

締まらないが、元々「楽しかった!」で終わらせる予定だったのでこれでも頑張った方だ。ってことで終わり。

長文読んでくれてありがとう!

 

私小説?

通称、“川総”。女子が七割の学校で、授業は選択制と、普通の高校とは少し風が異なる。調理や農業、飼育、芸術等様々な分野があり、選び方次第では、数学や英語等の普通科目の勉強は殆どしなくて済む。それから立地も良く、川越の繁華街から徒歩10分ほどの距離にあり、学校帰りには友達と遊ぶ場所が無数にある。そんな素晴らしい学校を選ばない理由が、怠惰な・・・いや、刹那主義者を自称する俺にあるはずが無かった。
「高校では絶対に彼女ができる」その確信が、当時の俺にはあった。
 
・・・・
・・・
・・
 
「うん。で、なんでツッチーは未だに彼女できてないの?」
「知らねえよ。むしろ俺が聞きたい」
狭山さんは、うーん・・・なんでだろう。と真剣に考え込んでいる。
俺も、なんでだろうなぁと、一緒になって唸ってみるが、やはり模範解答しか思い浮かばない。
「やっぱり、ステータスが低いからじゃねえの?俺、顔とか性格とかぐちゃぐちゃだし」
「いやいやいやそれは無いよ。卑下しすぎ!言ってて悲しくならない?」
「うーん・・・、めちゃめちゃ悲しい!」
とは言ったけれど、実は狭山さんが間髪入れずに否定してくれた事が俺は嬉しかった。
文化祭の準備に勤しむ狭山さんは俗に言う『LJK』であり、同学年の俺も等しくLJK・・・では無いが、等しくラスト・高校三年生である。
「高校生の内に彼女はもうできないんだろうな。中三の自分に顔向けができねえよ」
教室の床に座る惨めな俺がそうぼやくと、狭山さんは床に目を落としたまま、「ほんとそれなー」と呟いた。
「高校生の内に童貞も卒業できないんだろうなあ」
教室の床に座る、惨めな童貞の俺がそうぼやくと、狭山さんは顔を上げ、「わかる。卒業したかったよねー」と、冗談のように、そして切実そうに答えた。
俺はこうして女子と会話をしている時間がとても楽しい。
こんな風に気兼ねなく会話できる女友達を作ることができるまでに成長した事は我ながら誇らしい事だし、感慨深くもある。そして狭山さんが処女だという事実については、それ以上に感慨深かったりする。が、せっかくの楽しい会話を終わらせない為にも、それについて追求するのはやめておくことにした。
「ところで、狭山さんは進路決まった?」
話題を自然に逸らす。
「うん。短大に決まったよ。というか、もう受かってるし」
「へぇ。学科は?」
「ざっくり言うと観光系かな?ちょっと私も詳しくは説明できないんだけど・・・」
ごめん、意味不明だよね。と、狭山さんは自虐風に言葉を付け足す。
「ツッチーは決まった?」
「三月に面接。石川の旅館行ってくるわ」
「卒業旅行?いいなー」
狭山さんは悪戯に笑う。
「まあ特に焦ったりはしてないよ。本当に旅行気分で行ってくる」
それは本心だった。俺は自分のおおまかな進路は決めていたし、旅館業界は人手不足だという事も知っていたので何一つ不安は無く、むしろ精神は不思議なほどに、すこぶる良い状態にあった。
「お土産待ってるね」
「んー」
お土産を渡すどころか、卒業後二度と会う事は無い可能性も十分にある。
けれど、その時の俺には、なんとなく、本当に根拠も何も無かったけれど、「狭山さんとはまた会うだろうな」という確信があった。
「わー、もうこんな時間だ。そろそろ切り上げる?」
時計に目をやると、もう最終下校時刻の5分前になっていた。
「うん、そうだね」
俺達は、ほとんど進捗の無い作業道具を適当にまとめて仕舞い込む。
俺は元々、文化祭準備なんてものはクラスメイトとおしゃべりする為の口実としか思っていない。だから進捗なんてどうでもよかった。そしてそれはおそらく、狭山さんも同じことだろう。
狭山さんは教室から外の廊下に出て、「うわ、もう真っ暗だよ」と俺に向かって言った。
隣に並んで空を見る。紫と黒の中間のような色をした空に、糸みたいに細い月が浮かんでいた。
特に言葉が浮かばなくて、「月がキレイだね」と、なんとなく口にしてみる。
「何?告白?」
「いや違う違う。けど、よく知ってるね」
「まあね。私、ロマンチストだからさ」
暗闇の中で、狭山さんのはにかんだ顔の半分だけが、教室の明かりに照らされている。
なんだか青春っぽいな、と思ったら、「なんか今、青春って感じだね」と先に言われてしまった。
「ちなみに、「星もキレイですよ」っていう返しにはどういう意味があるか知ってる?」
青春。その言葉を口に出すのは何故か躊躇いがあって、俺は話を逸らした。
「えー、知らない。何?」
「私以外にも素敵な人はたくさんいますよーって、意味らしいよ」
「ほー、なるほどね~。一つ勉強になったよ、ありがとう」
「いや、そんな。ツイッターかどこかで見ただけだよ」
知識をひけらかしたようで恥ずかしかったので、俺は「寒い寒い」と言いながら教室に入った。
楽しいな。こんな日々が永遠に続けばいいのにな。なんて事を考えている自分に気づき、同時に自分が今現在充実した日々を過ごせている事実に気づいたりした。
「じゃあ、また明日」
「うん、気を付けてね」
狭山さんに手を振って、俺は駐輪場へと向かう。
俺はパナソニックロードバイクに跨り、学校を後にした。
街頭が照らす夜道を走りながら、感慨に耽る。
思い返せば、何も無かったような、何かあったような、良く分からない三年間だった。
変な自意識を持った俺には、ただ学校に通って友達と会話をするだけの事を青春だと呼ぶ事は間違いだと思っていて、目に見えない青春を手に入れようと、これまで必死にもがいてきた。
深夜家を抜け出して一人で埼京線に乗り新宿へ行き歌舞伎町を徘徊したこともあった。
この自転車を漕いで日高市巾着田を見に行き、そのまま飯能を目指し、道に迷った挙句凍え死にそうになり、高校の部室棟の女子バレー部の部室に忍び込んでウインドブレーカーに包まって朝を迎えたこともあった。(この話はフィクションです。という事にしといてください)
それ以外にも、屋上で友達と二人で飯を食ったり、夏休みに旅館で住み込みのアルバイトをしたり、青春18きっぷで5日間の旅に出たりと、青春っぽい色々な事をした。
それで本当に青春を得られたかは分からないが、今の俺には「そういうくだらない日々が、時間と共に自分の中で美化されていってやがて青春になるんだ」という松山君の言葉を信じる事以外にできる事は無い。
恋も友情も無かったようで本当はあったのかもしれない。いや本当に無かったのかもしれない。
それは今の俺にはまだ分からない。いつか「ああ、あの時の俺は青春してたなぁ」と思える日が来たら良いな。と、そう願うばかりだ。
後悔しないように、明日もめいっぱい学校を楽しもう。ささやかで幸せな日々を全力で満喫しよう。
そんな事を考えながら、俺は南古谷の田んぼ道をひた走る。
 
 
 
 
終わり

ダブルラリアット

あと一月で2017年が終わる。

今年はどんな一年だっただろう?

世の中の事はそれほどニュースを見ないからよく分からないけど、世界中での今年一番のビッグニュースはスギちゃんが第1子を出産したって事で合ってるかな?

・・・まあそれは賛否様々な意見があると思うので一度置いておくとして、俺自身に関するニュースであれば、今年は色々あったように思える。

前にも書いたけど、俺は年明け早々高校の同級生と旅館に泊まって脱童貞を果たしたし、何度か女の子と二人で遊びに行ったりもした。

このようにして女の子というものの酸っぱさも甘さも知り、俺はささやかながら、しかし順当に大人の階段を上った。

そして、自分の将来に関する事について、少しだけ方向性が見えてきた一年でもあった。(これについてはまたしばらくしたら書きます)

あとは家族との向き合い方も一歩前進したし、それも含めて自分的今年の三大ニュースってことにしようと思う。

 

 

いくら童貞を卒業したと言えども、20歳になっても未だに彼女ができていないという決して無視できない問題が残っているし、その他にも課題は山ほどある。何事も順風満帆とはいかない。

俺が上った階段はまだ一歩二歩三歩くらいで、上を見上げれば見渡せばかつての友人や知り合いはもっとずっと高いところをひとつ飛ばしで上っていく。

俺は俺で、マイペースではあるが淀むことなく階段を上っている。無いものねだりなんかしたってしょうがないし、得たものを「ありがたいな」と感じて、得られなかったものはまた来年の課題として目標にすれば「頑張るぞ!」と思える。そう考えると、やっぱり今年はそんなに悪い年じゃなかった。むしろ良い一年だったと言っても良い。それは間違いでは無い。けどだからと言って、「これでいいや」と今の自分に甘んじる訳にもいかない。これからは、もっともっと速度を上げて回転しなければ、みんなには追いつけない。85センチしか届かない手は、もっと伸ばさなければならない。

20前半の今というのは、「いかに自分を成長させるか」を考え実行する時期だ。自分のやるべきことをしっかりやって、できることならば彼女を作る。そうしてまた人として成長していきたい。その過程を記すような日記を、ブログとしてここに書いていけたらいいなと思う。いやまじで彼女の愚痴とかそういうの書きてぇ。(切実)

まあ無理だけどな。

ってことで、また来年もよろしくお願いします。

 

おわり

 

 

家のこと

実家を出たら親と仲良くなるというケースはよくあるらしい。かくいう俺もその一例になりつつある。

 

実家に住んでいた頃は、両親との喧嘩が絶えなかった。

両親は俺の事をどうしようもないゴミクズ、一家の恥晒しだという様な認識をしていたのだろう。

高校には床に頭を擦りつけてなんとか行かせてもらったが、よく「卒業したら家にいることは絶対に許さないぞ」と遠回しのニュアンスで言われた。一言で言えば、「損切」というやつだ。

だから俺は卒業後即家を出て、住み込みの寮がある石川県の旅館に就職した。

家を出る三日前、母は俺に「やっぱりまだ家を出て働くのはちょっと早いんじゃないの?もし行きたかったら専門学校くらいなら行かせてあげるよ」と、涙ながらに提案をしてきた。

その時の俺の心境なんざ今更詳しく覚えてはいないが、俺はもうこれまでの人生を捨てて新しい人生をスタートするくらいの心意気でいたし、まったくもって親の言葉に魅力を感じたりすることは無かったように思う。

 

家を出てからは二か月に一度くらいのペースで、実家からお菓子等の入ったダンボールが送られてきた。

それは、はっきり言って迷惑でしかなかった。

例えるなら、邪魔になった犬を公園に捨てに行ったは良いが、罪悪感と「嫌われるのは嫌だ」という思いでエサを与えに行くような、そういう類の自己中心的なわがままに付き合わされているような茶番。俺にはそう思えた。

部長に「実家から荷物が届いてるよ」と嬉しそうな笑顔で言われる度、ひどく憂鬱な気分になった。

 

家を出て一年後、急に両親と弟が旅館に泊まりに来た。

どうしたら良いか分からなくて、一応旅館のお客様だからひとまず表面は取り繕い仲の良い家族を装う事にした。

けれど、仕事としてキッチリとおもてなしをするのは絶対に嫌だったから、その日は休みを取り、サービス出勤という扱いにしてもらった。こうすることで「家族が来たせいで折角の休みが一日つぶれた」という体裁を保つこともできる。

できればそのまま休んでしまいたかったのだが、「俺は今家族に対してどういう感情を抱いているのか」という事で少し自分の中にもやもやしたものがあり、今回はそれを解消する良い機会かもしれないと思って、正面から向き合うことに決めた。

 

「表面を取り繕って仲のいい家族を演じる」というミッションはクリアしたが、結局俺は親の顔をこれ以上見ているとストレスで死んでしまうかもしれない。と身の危険を感じ、朝食を出し終えたらすぐ寮に帰った。

そうしたら親は寮に来て謝罪文を置いて行った。本当に気持ちが悪いなと思った。

そもそも、俺は損切を悪い事だと思ってはいないし、家を追い出されたことを不幸だとも思っちゃいない。

だから、謝罪されても心の底から嫌な気分になるだけで、親が望むように「今までの事は水に流してまた仲良し家族に戻ろう」などという気は微塵も起きなかった。

俺は親に「必要以上に仲良くしようとしないでほしい」とだけメールをした。

それが俺の答えだった。

そのメールを送った時、俺は今後一切の支援を親に求めないことを自分に誓った。

ベンツと事故を起こして借金を抱えようが、結婚して子供ができようが、一切親には頼らないぞ。と、決意をした。

そして俺はその時に気づいた。

自分が「家族と他人になりたい」のだという事に。

 

それから何度か日常報告のLINEが来たり、母親の愚痴用ツイッターにFF外からちょっかいを出されたりということはあったが、その全てが俺に何らかの感想を抱かせることは無かった。

 

もう親の顔なんて死ぬまで見ないのかもしれないし、それでも構わない。というような気持ちでいたのだけれど、埼玉に居て行く当てのない俺は何の気も無しに実家に帰ってしまった。

何も親を恨んでる訳じゃないし、実家に帰る訳には行かないなんて意地を張っているつもりもなかった。のだが、やはり少し自分の中での葛藤はあった。

ちょっとシャワーと布団を借りておいとまさせて頂く予定が、あまりにも歓迎されるもので、結局一緒に食卓を囲み、温泉にまで行ってしまった。

弟に聞いたのだが、母はしょっちゅう「今度たくみが帰ってきたら私の美味しい手料理を食べさせてやるんだ」と言っていたらしい。

父は翌日の朝「帰ってきてるなら電話くらいしろよ!仕事切り上げて早く帰ったのに!」と母に怒ったらしい。

 

人は失くして初めてその大切さに気づくと言うが、親にとっての俺がそうだったのだろう。

逆に俺は失くしても「自分にとっての必要のなさ」を実感しただけだった。

しかし、今回あまりにも喜ばれたせいで少しだけ気が緩んでしまったのもまた事実で、また自分の中で親に対する認識を今一度考えてみようかなと思った。

 

かつての俺は「いつもいつも愚痴を言うのをやめてほしい」「もっとポジティブに生きて欲しい」「こっちにまでストレスを感染させないでほしい」そんな思いで母によく意見をして、怒りを買って喧嘩に発展していた。

しかし今となってはもう滅多に関わる事も無いので、何か気になることがあってもさらっと受け流すだけで済む。だから喧嘩も起きないだろう。

それは俺の中での「しょうもない悩み」の損切だが、それを「仲良くなった」と言ってしまえば平和だ。

 

まあとにかく、好きとか嫌いとかもうそんな感情を抱くことはできないけれど、「家族と思いたくない」なんて考えはやめようかな、と思った。

その2

時間が空きすぎてもう忘れそうだ。

俺の人生の主人公たる俺の物語は俺自身が文章にしなければやがて風化して無になってしまう。

俺の人生の中で起きたイベントは事細かに描写しなければならない。

それが、主人公である俺の義務だから。

 

さて、では続きを書いていこう。

 

 

俺は川越駅の交番前で高校三年生の時に同じクラスだった田中さん(仮名)と合流し、クレアモールへと向かった。

はじめ見た時、あまりにも雰囲気が違っていて大人っぽくなっていて、誰だかわからないほどだった。

初めて見る私服はとても似合っていておしゃれで、ばっちりお化粧をキメた顔は「キレイ」の一言に尽きた。

俺はその感想をぎゅっと凝縮させ、「田中さんすごい変わったね」と一言だけ、意図的に漏らした。

田中さんはそれに対し、「えー?全然変わってないよー?」と、感情を隠すように、否定した。

そしてカツカツとヒールの音を鳴らし、俺の前を歩き出した。

 

 

道中では今日行った文化祭での事や近況について話した。

前に会った時から一年半も空いてしまっていたので、正直若干の緊張はあったけれど、俺は培った社交性でそれを隠した。

向こうは緊張なんて一切していなかったように思えた。

 

居酒屋に着く。

少し奥まった席に向き合って座り、飲み物とちょっとした食べ物を注文する。

何かを話さなければならない。何を話せばいいのだろう。

話したい事はあるはずなのだが、口から出る言葉はそれとは関係のない事ばかり。

時間は進み、酔いは回る。

胸中を探られるような言葉。褒める言葉。甘い言葉。

田中さんは何が言いたいのだろう。

田中さんは何かを俺に求めているのだろうか。

そういう風にも聞こえるし、ただ励まされているだけのようにも思えた。

もう何がなんだか訳が分からなかった。

 

 考えてみれば、田中さんはまだ友達では無かった。

強いていうなればフェイバリットクラスメイトだ。

相手が俺をどう思っているかは俺には分からないし、俺がどう思っているかも相手には分からない。

それが、フェイバリットクラスメイト。

きっとそれは友情にはならない。そして愛情にもならない。

そう、それでいい。

フェイバリットクラスメイト・・・というのはきっとそういうものなのだ。

 

なんて言っているから俺にはいつまで経っても恋人ができないし、大人にもなれないんだ!って思うか?

でも、相手側の気持ちになって考えてみてほしい。

 

気の知れた友人だと思っていた異性が実は自分に下心を持って接していたなんて知ったらどう思う?

おそらく男性ならその気持ちを嬉しく感じるだろう。

けれど女性は違う。女性はそれに少なからず嫌悪を覚える。らしい。

だから俺は何もしない。

もしかしたら相手は違う事を望んでいるのかもしれないけれど、それは可能性の話だ。

俺はギャルゲーの主人公じゃない。これは紛れもないリアル。

俺が俺の物語の主人公だからって何をやってもいいという事は無いんだよ。

 

俺は主人公だ。こんな小さな事でいちいち悩んだりなんかしない。

そもそも俺に彼女など必要無いのだ!フゥーハハハハ!!!!!!

 

フゥーハハハハハハハ!!!!!!!!!!

 

 

という結論に至ったのはつい最近の事で、チェリーボーイ土屋はその翌日、「これフラグか?」「ワンチャン彼女か?」と、一人悶々としていた。

 

ゆいちゃんを誘ったら夕方に川越に来てくれるということで、それまで暇だったので俺は城本を遊びに誘って原宿へと繰り出した。

原宿はおしゃれな人と外人さんが沢山いて、俺と城本は場違い感がはんぱじゃなかった。

城本は「おしゃれなカフェに入ったら「あ、陰キャはお断りしてます」って言われそう」とか訳の分からないことを言っていた。

駅を出る時「東京メトロポリタン」という文字を見つけた俺は「東京メトロポリタンって何?」と城本に聞いてみたら、「スパゲッティだぞ」と言われて、多分、というか絶対に違うだろうけど、「ふーん」とうなずいた。

原宿の大通りの歩道は広く、そしてそこには沢山の人がたむろしている。

「こいつら何してんの」と俺。

「東京を感じてるんじゃね?」と城本。

「なるほどなぁ」と俺。

俺と、本日言葉のチョイスが冴えている城本はてくてくと歩道を歩いた。

歩いて歩いて適当な道に入ってまた歩いて行くと、ギャラクシースタジオという建物があり楽しそうだったので入ることにした。

結局、そこで2時間ほど時間をつぶすことができた。

割と楽しかった。

帰りは渋谷駅から帰ったが、人の多さが尋常じゃなくて「うわぁ都会やべえ!」と思った。

 

川越に着き城本と別れ、俺は一人まるひろへ。

まるひろの屋上で椅子に座り本を読みながらゆいちゃんとの待ち合わせまでの時間をつぶす。

なんという素晴らしい時間だろうか。

 

しばらく本を読んでいると雨が降ってきた。

俺は100均で傘を二本買って駅へと向かった。

ゆいちゃんと合流。

一言で表すなら、「美少女の権化」と言ったところだろうか。

それも、銀座とかを歩いてそうな感じの品のある美しさで、それでいて「美少女」なのだ。

もはや神と言わざるを得ない。

高1で仲良くなってから苦節5年。

何度も何度も誘い続けてようやく叶ったゆいちゃんとのディナー。

5年の間でゆいちゃんは彼氏ができ別れ、また彼氏ができ別れ、また彼氏ができた。

焼肉を食べている時の会話はゆいちゃんの彼氏ののろけ話がほとんどだったが、俺は楽しかった。

何故なら俺はゆいちゃん教の創始者だからだ。(ゆいちゃん教を立ち上げたが、会員No.002のさとうゆうじに強制脱退させられた。今はさとうゆうじが会長である)

ゆいちゃん教信者はゆいちゃんを崇拝するのが役目だ。

これはきれいごとでも何でもない。

ゆいちゃん様と言葉を交わすなんて事、本来あってはならないことだ。

それを今回特別に許可されたというのはこの上無い幸運であり、これは神の気まぐれに他ならず、ゆいちゃん様のお言葉を享受することのありがたみを噛み締める以外に俺にできることなど何一つ無いのだ。

しかしバカな事に俺はゆいちゃん様に割り勘をさせるという失態を犯してしまった。

次にお会いする際には超高級フレンチでも奢らなければ俺は間違いなく地獄に落ちるだろう。

 

という事でゆいちゃん様とお話をし、田中さんとの事も色々と話した。

「えー、めっちゃ面白いんだけど。明日も誘えよ。そんでゆいに報告して」

「仰せのままに」

 

高級焼肉食ってでかいパフェ食って散歩して川越市駅で見送った。

 

田中さんに送ったLINEの返事は「OK!明日7時ごろ川越着くよ!」だった。

 

もうそろそろ書くの疲れた。

現実味の無いリアル

三日間埼玉に帰っていたのはもう2週間以上も前の話で、それから今までの間、その三日間の出来事を何度も何度も頭の中で反芻して、感傷に浸っていた。

 

親と縁を切った俺には故郷と言っても居場所は無くて、実家には顔も出さず、二日間ネットカフェに泊り込んだ。

三日目はネットカフェを使わずに、生まれ育った故郷を懐かしもうと、朝まで川越を歩いた。余所者の俺に吹く夜風は、思っていたよりも冷たかった。

俺にはもう、この世界のどこにも安心感を得られる場所は無いんだと知った。

 

三日間の幸福という小説があるが、まさにこの三日間は俺にとって幸福としか言いようが無いものだった。

卒業したら二度と会えなくなってしまうであろう部活の後輩と、それからお世話になった福田先生。それからもう2年近くも会っていない同級生達に会いたくて、文化祭には絶対に行きたいと思っていて、土日だったけれどなんとか連休を貰うことができたので、当日の朝、始発の新幹線に乗って川越へと向かった。

俺の高校で得た数少ない友人のT君と合流する予定だったが、俺の方が早く着いてしまった為、一人で文化祭へ乗り込んだ。

クオリティの低い装飾、だらしのない恰好、立ち居振る舞いの生徒達。

それで良い。自分が楽しむことだけを考えろ。今日という日を目いっぱい楽しんでくれ。

我々一般客にとってはただの祝日だが、君たちにとっては今日が一生の宝物なのだから。

母校の後輩にかつての自分たちの姿を重ね、俺達がもう二度と戻ることのできない世界にいる若者に羨望の眼差しを向け、その輝きに思わず目を細めた。

 

無事T君と合流。

後輩の姿を探し廊下を歩き続ける。

しかし一向に姿が見当たらない。

まあその内に会えるだろうとぶらぶらしていると、不意に廊下の角からウエディングドレスを着た後輩が飛び出してきた。

純白のドレス。

まばゆいほどの白。透き通る肌。

二年前とは見違えてしまうほど綺麗になった後輩になんと声をかけたらいいかわからず、思わずたじろいだ。

「・・・・あっ、先輩!」

いくつかの休符を経て、俺に気づく。

「や、久しぶり」

「来てたんですか?わー!本当に久しぶりですね!」

「去年はちょっと忙しくてね...それより、ウエディングドレス素敵だね。結婚するの?」

「これファッションで作ったんです。さっきまで体育館でファッションショーしてたんですよ」

俺の冗談を華麗にスルーする後輩。

「へぇ。よくできてるじゃん。自分で作ったんだ?」

「そうなんですよぉ。直前までかかっちゃって、裏側とか結構ほつれちゃってるところもあるんですけどね」

そう言いながら微笑む顔は、二年前と変わらないなぁと思った。

「ところで先輩、石川で彼女はできました?」

「彼女できねえよ・・・」

「へ~、そうなんですね」

彼女は嬉しそうに、小バカにしたように笑う。

「あざみ!ファッションショーお疲れ!」

後輩の友達らしき、可愛らしい女子生徒がやってきた。

「お疲れー。あ、こちらは写真部の先輩。かっこいいでしょ?」

「う、うんカッコイイネ」

と、後輩の友人。

「こらこらやめなさい、完全に棒読みになっちゃってるから」

「そんなことより、集まった方がいいんじゃない?」

「あ、そうだ。先輩、それじゃあまた後で」

 

こうして後輩を見送った。

 

その後同級生や担任の福ちゃん、それから美術のエロいおじいちゃんと会って話すことができた。

とても有意義な時間を過ごすことができて、本当に来てよかったなと思った。

 

その後は佐藤の家に行って、佐藤の車に乗り、クレアモールのいきなりステーキに行った。(途中で城本を拾った)

 

俺は前日に夜遅くまで仕事があったせいもあり、おなかがいっぱいになった途端眠気が押し寄せてきて、佐藤の車で眠りに落ちてしまった。

目が覚めて、さてこれからパフェでも食いに行こうかと話していたが、高校3年生の時同じクラスで仲が良かった女友達が来てくれるという事だったので解散して、俺は一人、川越駅へと向かった。

 

その途中、階段を上ろうとしたら、前から降りて来たおばさんが派手に転んで頭と腕を思いっきり地面に打った。

俺も一緒にいたおばさん達もパニックになってしまった。

一人のおばさんがすぐ近くの交番に駆け込んだのを見て、俺は目の前のスーパーに走り、レジで氷を二つ貰い、急いで持って行った。

着いた時には警官が二人いて、警官は救急車を要請している様子だった。

俺は、「良かったらこれ、使ってください」と言って氷の入った袋をおばさんに手渡した。

おばさんはダラダラと血を流しながら、笑顔で「ありがとう」と俺に言った。

俺の持ってきた氷の袋なんて何の役にも立たないかもしれないけれど、俺の親切心が、少しでもおばさんの気持ちを楽にすることができたなら良かったかなと思った。

それ以上に何かできる事があったかもしれないけど、俺にしてはよくやった方だと褒めてあげたい。

 

とまあそういう事があって、スマホを見たらラインの通知が来ていた。

「交番の前にいるよ!」

すぐ近くだった。

 

「ごめん、お待たせ」

「ううん、今来たとこだよ」

「そんじゃ行くか」

「うん・・・って、どこ行くの?」

「まあ歩きながら考えよ」

 

飽きてきた。

また後で続き書きます